吉田晴乃。 「取り戻せない時間があるから」 シングルマザーで社長で経団連役員・吉田晴乃さんが願う「女性活躍」のカタチ

BTジャパン吉田晴乃社長が語る、なぜデジタルが女性活躍を強力に後押しするのか |ビジネス+IT

吉田晴乃

すごい開放的だったんですよ。 自分にめぐり合ったっていうんですか。 縁故でしか4大卒の女性は採ってもらえない時代ですから、大学4年の時に親の決めた某大企業に押し込んでもらいました。 私は3人姉妹の真ん中で、独立心が強く、個性的というか変わり者だったんですね。 幼いころから自己表現力にたけ、主張も人一倍。 あの時代の女の子としてはありえないわが子の将来を案じた母は、私をなんとか矯正し、時代の定型にはめようと、大変な葛藤をしたんですが、それでも個性は成長とともにさらに強くなってくる。 親は大変だったと思います。 ところが大学を卒業する寸前に、私は病で倒れ、生死の境をさまよいました。 運命の矯正力ってすごいですよね。 内定も白紙で、ここからまさに「世間亭はばからず」な人生が展開しました。 1990年初期カナダ人と国際結婚をし、1歳になる愛娘を連れて、カナダに移住しました。 公園デビューよろしく、カナダで初のママ友をさがして公園をさまよい歩くんですが、そこはだだっ広い森で、コヨーテがでてきました。 これはどうも様子がちがう。 この国ではママたちは子供を預けて仕事していたんですね。 郷に入りては郷に従えということで私も仕事をすることを決意し、カナダ国営の電話会社に勤めたわけなんです。 出勤初日の朝8時の光景は忘れられません。 長いコートのポケットにハイヒールを突っ込み、スニーカーで足早に、ラージサイズのコーヒーカップをすすりながらオフィス街の高層ビルに吸い込まれていく女性たちの姿。 はじめた通信の営業がたまらなく面白かったんです。 ちょうどカナダが通信規制を緩和し音声通話の自由競争を始めたころでした。 日本人が多かったので日本向けに格安の電話プランをつくろうと思い、会社に交渉してサービスをはじめたのですが、これが大ヒットしてあっという間にマーケットを制覇しました。 日本人旅行客用のテレカを販売したり、やることなすこと当たるっていうのはこういうことを言うのだと思います。 通信営業の面白さにはまり、病みつきになっていました。 さらに大きな市場めざし娘と2人、シングルマザーでビッグアップルNYへ渡りました。 NTTがアメリカでの事業を立ち上げる際にお声がけいただいたのですが、本当によくぞ私を見つけてくださったと今でも感謝しています。 当時のアメリカの勢いといったら想像を絶していました。 1990年後半から2000年前半のアメリカはITバブルのピーク時で、シスコだ、マイクロソフトだとシリコンバレー発IT企業が怒涛のごとく市場を制覇していく、何がなんだかわからないようなことになっていました。 日本から見ていた世界の大きさと体感したスケールの差。 ただただ驚愕とでもいうんでしょうか。 NYの高層ビルの受付で「NTTの吉田です」といっても「AT&T?」なんていわれてしまう始末。 こっちは「世界のNTTだ」くらいの勢いでいってましたからショックでした。 厳寒ビッグアップルの摩天楼を見上げ、自分のちっぽけさを嘆きながらも、妙なハングリー精神が湧いてくる、アメリカンドリームマジックにかかっていくわけです。

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吉田晴乃

2019年6月30日、吉田晴乃さんが55歳の若さで亡くなった。 衝撃的だった。 私はこれまで、吉田さん講演を2回聞いたことがある。 一人の女性として、彼女の芯の強さとしなやかさに強烈に憧れ、ひそかなファンである。 これまでNoteには記事を書いたことがなかったが、 彼女への感謝を込めて、彼女から学んだことと思いをつづりたいと思う。 まずはじめに 吉田晴乃さんは、何足もの草鞋(現実にはとっても素敵なヒール)を履いた女性リーダーだ。 ・BTジャパン株式会社代表取締役社長 ・元日本経済団体連合会審議員会副議長 ・内閣府規制改革推進会議委員 ・お母さん 2015年に経団連初の女性役員として就任していて 2017年には、フォーチュン誌によるWorld's Greatest Leaders 50の一人に日本人としてただ一人選出されたお方である。 これほどの大量の役割とタスクをどうこなしているのか? この疑問に対して吉田さんが語るのは「Digital Possible」である。 「私は現在、『BTジャパンの社長』『経団連役員』『規制改革推進会議委員』『一人娘の母親』と、異なる4足のわらじを履いている状態です。 これらすべての役割で100%の力を発揮し、利益と成果を出せているのは、どこからでも情報やリソースにアクセスできるモバイル環境があるから。 sbbit. ICT 端末とサービスの進化によって、今やスマートフォンさえあれば、いつどこにいても仕事ができる(できてしまう)。 ここで ICT 化の可能性について考えてみたい。 ICT 端末とサービスの進化と普及が 進めば、例えば子育て中の女性や出勤困難な方の在宅就労が可能になるだろう。 また「あそこは遠くて通えないから」という地理的な理由で挑戦することを断念していた人々には、人生の選択肢が一気に増えるはずだ。 さらに近い将来には、遠隔医療を通して地域在住高 齢者の健康管理が可能になるだろう。 こうした例は氷山の一角に過ぎず、ICT 化は業界や 国境を超えて私たちに多大な恩恵をもたらしてくれると考えられる。 しかしこのような肯定的な可能性が広がる一方で、ICT には限界も存在する。 その限界こそ吉田様が「Digital Impossible」と表現していたもの、すなわち、どれだけ ICT 化やそ の他の技術革新が進んでも技術が人間の代わりをできない部分だ。 では一体、ICT に実現 できないものなにか。 それは端的に言えば、人が「直接」会って行う感情のやり取りではないかと思う。 人と人との間の直接的な交流の中で生まれる感情の交信、本能的あるいは直観的に受け取るもの、相手の微妙な表情変化の無意識レベルでの認知、ノンバーバルコミュニケーション、その場の雰囲気や互いがまとう空気。 こうしたデータとして表しにくい部分にこそ、技術で代わることができない人間間の尊いやりとりがあるのではないか。 (いつか技術が追いつく可能性があるにしても、) ICT 化が進んだ社会においても、人が大切にしていかなければいけない部分ではないだろうか。 人と人との間の ネットワークを作るきっかけとなり、人々の社会交流を活発化し、Digital Possible 浸透時代の幕開けの引き金となるだろう。 しかしこれは同時に、人が直接会う機会を減らす可能性があ るという矛盾を考えなければならない。 各業界で ICT 化が現実化してきている中、これからは Digital Impossible にも目を向けていかなければいけないフェーズに差し掛かってい るのかもしれない。 新技術を世の中に普及させる際には、Possible と Impossible、メリッ トとリスクを把握した上でそのバランスを考え、自分なりの倫理観をもって取り組む必要性を感じる。 そして、最新技術に埋もれないだけの人間としての自分の価値を見いだすことで、どう社会貢献できるかを考えたいと感じる。 長くなってしまったが、 吉田様が講演の中で、何度も繰り返されていた言葉がある。 「もっと、もっと。 」 、そして「Pursue it. 」である。 一人ひとりがもっと貪欲に、自分の価値観の下に 幸せを追及していくべきだ、そんな人が増えたら日本はどんなに素敵な国になるでしょうとおっしゃりながら。 私はそのときの吉田様の目の中に、吉田様が思い描く理想の社会のビジョンを見たように思う。 リーダーは自分が理想とする明確なビジョンをもっていて、どんな弊害があってもそのゴールを見続け、信念をもって進み続けることができる人なのではないか。 吉田様に出会ったことで、私の中で「信念(ビジョン)があるリーダー像」というものが具体化されたように感じる。 確固たる信念をもち数字で結果を打ち出していく強さをもちながらも、 娘を想う気持ちを忘れず女性の優しさやしなやかさを併せ持つ女性リーダー。 私が初めて聞いた、女性のトップリーダーの講演が吉田様でよかったと心から思う。 私も今後の人生・キャリアプランを考える過程において、もっと貪欲に自分が理想とする社会像を追い求め、より具体的な ビジョンの確立を目指していこうと思う。 私のように吉田さんから大きな影響を受けた人はたくさんいるんだろうな。 ・・・なんだかまとまりのない記事になってしまったけれど・・・。 吉田さん、本当にありがとうございました。

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BTジャパン社長・吉田晴乃のルーツ「意志あるところに道あり」

吉田晴乃

英国ロンドンに本社を置くBT(ブリティッシュ・テレコム)の日本法人であるBTジャパン社長の吉田晴乃氏が、経団連初の女性役員に登用されることが内定した。 彼女を取材したことのある業界紙の記者は、「とにかく、はつらつとしているし、何事にも前向きな人なんです。 颯爽としていてカッコいい女性です」と、その日本人離れしたルックスと前向きな姿勢に驚いたという。 見た目のド派手さもさることながら、吉田氏は破天荒な半生を送っていた。 もともと三姉妹の次女。 「自分は独立心が強く、個性的というか変わり者」と雑誌のインタビューで答えている。 ミッション系女子高時代は落語研究会に入り、「世間亭はばからず」という芸名で噺をしては周囲を笑わせていた。 カナダ人と国際結婚しカナダへ移住したが離婚。 今度は娘とアメリカに移住し、NTTアメリカなど通信事業の会社を次々渡り歩く。 「一見、いかにも外資系のキャリアウーマンといえる容貌ですが、非常に穏やかな話し方をする女性です。 職場でもスカート姿が圧倒的に多く、女性であることが前面に出ても嫌みがないです」(外資系企業のヘッドハンター) これまで経団連の役員といえば三井、三菱など日本を代表するお堅い企業のトップが就任するポスト。 過去に女性はゼロ。 旧態依然とした男社会に風穴を開けるのに、彼女は十分すぎる存在感だ。 前出の、外資系企業のヘッドハンターはこう続ける。 「日本でのBTジャパンの主力業務は法人向けの通信インフラ構築とサーバー業務が中心です。 どちらも値引き合戦になりがちな商品ですが、BTジャパンが勝ち抜いてこれたのは、吉田社長の営業力や駆け引き能力の高さがあったから。 今回の経団連役員就任も、名誉のためというより、政財界との太いパイプを狙ってのことだといわれています。 役員就任のために相当なロビー活動をしたのではないでしょうか。 マイナンバー制度の導入にともなうサーバーの増設など、官制受注への期待は大きくなっていますから」 吉田氏にインタビューを申し込んだが、英国本社から「ネガティブ」とのお答え。 「世間体はばからず」が経団連に旋風を巻き起こす。 (週刊FLASH3月10日号) 外部サイト.

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