トゥー フェイス 馬。 社台TC所属のクラブ馬(2018年産)一覧 :: 一口馬主DB

マスクをとり、面と向かって話せるその日のために立ち向かう馬と人の物語(平松さとし)

トゥー フェイス 馬

(1)社台サラブレッドクラブ募集のモーリス産駒2歳馬は4頭 2019年に社台サラブレッドクラブで募集されたモーリス産駒は以下の4頭だ。 ()内が競走馬名 ・マスクオフの2018(トゥーフェイス):牡馬、1口60万円、美浦・新開幸一厩舎 ・レッドオーヴァルの18(ミニマリズム):牝馬、1口50万円、美浦・田中博康厩舎 ・ラルシュドールの18(ベリエドール):牡馬、1口75万円、栗東・池江泰寿厩舎 ベリエドール ・フェイブルネージュの18(ブールアネージュ):牝馬、1口35万円、栗東・加用正厩舎 ブールアネージュ 1口35万円~75万円まで、比較的リーズナブルに設定されている。 (2)トゥーフェイスの馬体・血統評価 まずはトゥーフェイスの募集時測尺から。 体高153. 0、胸囲169. 0、管囲20. トゥーフェイスの測尺で理想的な基準値と合致するのは、管囲のみ。 馬体重415キロはまずまずだ。 最新(2020年3月6日)の馬体重は492kg。 順調な成長がうかがえる。 これなら、馬体重に不安はない。 繋ぎはややたち気味で、ダート馬かなあ、という感想。 このトゥーフェイスは1歳募集時の検討会でめがね君がお勧めした馬だ。 2019-05-20 10:46 めがね君はこんなセールスポイントを挙げていた。 ルイジアナママは2019年10月21日に2勝目を挙げて、現在は2勝馬クラス(旧1000万下条件)に在籍している。 祖母のビハインドザマスクが古馬になってから4連勝でセントウルステークスを勝ったように、この血統はもともと晩成なので、モーリスの晩成とあいまって、本格化するのは3歳秋以降とみている。 社台の育成も晩成型が多いので、案外、社台のモーリス産駒はサンデーのモーリス産駒よりもおもしろいかもしれない。 (3)調教動画からのトゥーフェイスの評価 2020年1月16日撮影 コメントは以下の通り。 気持ちが先行しがちな面は相変わらずですが、調教量に比例して走りに大分まとまりが出てきました。 無駄な動きが減って四肢の力をしっかり推進力に変えられるようになってきた印象です。 気持ちは前向きな本馬ですから、このまま体力が備わってくればグッと良くなってくれそうです。 2020年1月6日のホームページより引用させていただきました。 最近では筋肉の張りと艶がグッと良化していて、坂路コースでも手応え良くラストまで登坂できています。 順調に体力強化が図れていることで、持続力と推進力兼備の動きができるようになってきました。 まだ少し気持ちが逸りがちな面を残しますが、少しずつバランスがとれてきた印象です。 2020年2月7日のホームページより引用させていただきました。 この中間は週3日のペースで直線坂路コース 1000m 入りして、うち2日は2本登坂、ほか週2日は周回ウッドチップコースでキャンターを2000m、週1日はトレッドミル上でキャンターを消化というのが1週間の調整メニューです。 中間は坂路で2F29. 8-14. 8秒、29. 9-14. 2秒、30. 2-14. 7秒という時計を重ねてきました。 乗り込み強化から、筋肉に少し硬さが感じられるようになってきたため、2月末の調教動画撮影後はいったん心身両面のリフレッシュ期間を設けています。 視察に訪れた新開師からは「馬体にボリューム出てきて、コンディションの良さがひと目でわかります。 寒い時期を上手く乗りきれたようで安心しました 2020年3月6日のホームページより引用させていただきました。 クラブホームページの調教動画は2020年12月13日と2020年2月28日の2回分がUPされている。 動画から元気いっぱいに駆け上がっている様子が見て取れ、体調の良さがうかがえる。 ただ、まだゆっくり仕上げているという塩梅で、早期移動、早期デビューという雰囲気ではない。 モーリス産駒のデビューは遅めという印象を持った。 速いところはまだやっていないので、動画から将来の可能性云々は判別がつかないというのが正直な感想だ。 (4)トゥーフェイスの評価まとめ クラブホームページのコメントによると、筋肉の硬さ気持ちが逸りがちな面があるという課題が指摘されている。 ただ、この時期の幼馬で課題がまったくないという馬も珍しいので、これからの調整次第では改善される余地が大きいと考える。 晩成という印象なので、今後ともホームページで成長の様子を確認しながら、この馬については長い目で追いかけてゆきたい。 👇ランキングをクリックしていただければ幸いです。

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トゥーフェイスの血統表

トゥー フェイス 馬

種牡馬の成績を表す指標のひとつ。 競走馬1頭当たりの収得賞金に対する、ある種牡馬の産駒1頭あたりの平均収得賞金の割合。 平均は「1. 00」で、それより数値が大きいと優秀な種牡馬といえる。 勝馬率 デビューした産駒のうち、1勝以上した馬の割合。 母父: 2002年 鹿毛 早来町 14戦12勝 祖母• 牝 1996 鹿毛 10勝 1着 - 毎日放送賞スワンS G2 、セントウルS G3 、京都牝馬S G3• 牝 2003 青鹿毛 地方2勝• 牡 2009 鹿毛 地方13勝• 牝 2010 鹿毛• 牡 2013 青鹿毛 3勝、地方3勝• 牡 2014 青鹿毛 4勝、地方1勝、中央現役 1着 - 平安S G3 、名古屋大賞典 G3 2着 - ジャパンダートダービ G1 、東京中日S杯武蔵野S G3 3着 - JBCクラシック G1 、チャンピオンズC G1 、ユニコーンS G3 、シリウスS G3• 牝 2004 鹿毛 3勝• 牝 2011 黒鹿毛• 牡 2013 鹿毛• 牝 2005 青鹿毛 2勝、地方1勝• 牡 2012 鹿毛 1勝、地方4勝• 牡 2015 青鹿毛• 牝 2016 黒鹿毛 2勝、中央現役• セ 2017 黒鹿毛 中央現役• 牡 2018 黒鹿毛• 牝 2019 鹿毛• 牝 2007 鹿毛 地方2勝• 牡 2008 黒鹿毛 5勝、地方2勝 3着 - マーチS G3• セ 2011 鹿毛 5勝 2着 - 阪急杯 G3 3着 - 京王杯スプリングC G2 、毎日放送賞スワンS G2• 牝 2012 鹿毛 曽祖母• Vain Gold [米] 牝 1979 鹿毛• 牝 1988 栗毛 3勝• 牝 1993 栗毛• セ 1994 黒鹿毛 1勝、地方6勝• 牝 1995 栗毛 1勝• 牡 1998 鹿毛 4勝、地方2勝• 牝 1999 鹿毛 地方3勝• 牝 2001 栗毛 地方6勝• 牡 2002 鹿毛 地方2勝• 牝 2005 栗毛• 牡 1989 栗毛 2勝• 牡 1990 栗毛 1勝、地方10勝• 牝 1991 芦毛 3勝• 牝 1997 鹿毛• 牡 1998 芦毛 地方5勝• 牝 1999 鹿毛 1勝、地方1勝• 牝 2001 鹿毛 地方7勝• 牡 2002 鹿毛 1勝、地方1勝• 牡 2003 鹿毛 4勝 2着 - 天皇賞 秋 G1 、札幌記念 G2 、毎日王冠 G2• 牝 2005 鹿毛 5勝• 牝 2007 芦毛 地方21勝• 牝 1992 鹿毛 1勝• 牡 1997 鹿毛 地方13勝• 牝 1999 栗毛• 牝 2000 鹿毛• 牝 1993 鹿毛 5勝• 牡 2001 鹿毛 地方7勝• 牝 2002 鹿毛 2勝、地方1勝• セ 2004 鹿毛• 牡 2006 栗毛 1勝• 牡 2007 鹿毛 5勝、地方6勝• 牡 2008 鹿毛 地方8勝• 牡 2009 鹿毛• 牡 2010 鹿毛• 牝 2011 鹿毛 地方3勝• 牝 2013 鹿毛 1勝• 牡 2014 鹿毛 1勝、地方4勝、中央現役• 牝 2015 栗毛 地方3勝• 牝 1997 栗毛• 牝 2002 鹿毛 1勝• 牝 2003 栃栗毛 5勝、JRA賞最優秀4歳以上牝馬(2007年) 1着 - ヴィクトリアマイル G1 、デイリー杯クイーンC G3 2着 - ダービー卿チャレンジ G3 3着 - 桜花賞 G1 、京王杯2歳S G2• 牡 2004 鹿毛 地方14勝• 牝 2005 栃栗毛• 牝 2007 鹿毛• 牡 2008 青鹿毛 1勝• 牡 2009 鹿毛 3勝 2着 - 京都新聞杯 G2 、京都記念 G2 3着 - きさらぎ賞 G3• 牡 2011 鹿毛 3勝• 牝 2012 黒鹿毛• 牝 2014 栗毛 3勝• 牡 2017 栗毛 中央現役.

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トゥーフェイスの血統表

トゥー フェイス 馬

競馬無縁の家庭から海外へ 1993年の秋、ある調教助手の家で、当時、トレセンに来たばかりの男を紹介された。 「マスコミの人と話すのは初めてです」と言った彼が、後に調教師となる新開幸一だった。 新開は1966年10月21日生まれで現在53歳。 父・芳信、母・みち子の間に神奈川県で生まれ2人兄弟の長男として育てられた。 ハイセイコーが走っている時代に父の影響を受けて競馬を見始めた。 テンポイントにも心を躍らせたが、何と言っても熱くなったのは高校二年生の時に見たミスターシービーだった。 久々に現れたアイドルホースは強烈な追い込みを武器にシンザン以来19年ぶりの三冠馬となった。 更に翌年、シンボリルドルフが無敗でトリプルクラウンホースとなった。 2年連続での三冠馬誕生に「こういった強い馬と一緒に仕事をしたい」と思うようになった。 大学受験に失敗し、浪人生となった。 そんなある日、何の伝手もないまま北海道に飛び、牧場の門を叩き働かせてもらう事になった。 牧場にはクラブ所有の馬がいた。 それらの馬のレポートを届けるうちに、馬をよく観察するようになった。 6年の歳月が流れ、馬乗りも上達すると、海外の競馬も見たいと思うようになった。 そこで今度はオーストラリアへ飛んだ。 メルボルンCを9勝(後に12勝まで伸ばす)し、ザ・カップス・キングと呼ばれたバート・カミングス調教師の厩舎で働いた。 「口向きや調教法などを目の当たりにして、オーストラリアの馬がなぜ短距離に強いか、がっしりしてパワーがあるのか納得出来ました」 乗り方や使い方など、日本とはまるで違う点にも目を剥いた。 どちらが良いとか悪いではなく、違いを知る事が勉強になった。 B・カミングス調教師は伝記にもなっており豪州競馬界で彼を知らない人はいない。 ちなみにジャパンCにもレッツイロープを送り込んだ事がある 一人の男と出合い調教師になった後、ある馬と出合う 93年にビザが切れて帰国するとすぐに競馬学校に入学。 冒頭に記した通りその年の秋に美浦トレセン入りした。 先に記した新開を紹介してくれた調教助手をAとしよう。 Aはアメリカの厩舎で働いていた経験があり、海外の競馬にも精通していた。 「知識が豊富で優しい人」だと新開は感じた。 Aは「皆が海外みたいに馬を中心に考えられるようにならないといけない」と調教師を目指していた。 調教師になれた暁には、海の向こうへ挑戦したいという大志も抱いていた。 ところがそんな彼を2000年に病魔が襲った。 病院嫌いだったAがあまりの痛みに耐え切れず、重い腰を上げて通院した時にはすでに手遅れだった。 Aは呆気なく天に召された。 新開が彼の遺志を継ぐように調教師試験を受けたのは翌01年の事だった。 なかなか合格は出来なかったが、志半ばで逝った先輩の事を想うと、諦めるわけにはいかなかった。 結果、09年、ついに難関を突破。 「いずれ海外へ挑戦出来るような厩舎にしたい」と10年に開業した。 現在の新開。 新型コロナウイルスの影響で調教師も皆、マスクを着用している 開業2年目の11年の事だった。 門別で3歳の秋にデビューし、2連勝した馬が転厩してくる事になった。 入厩前に牧場まで見に行くと「レベルが違う馬だ」と言われた。 実際に入厩させると、最初の坂路調教から目を見張る動きを見せた。 「普通キャンターだったけど、体の使い方も動きも素晴らしかった」 それがマスクトヒーローとの出会いだった。 同馬の母はビハインドザマスク。 00年にセントウルS(G3)を、01年にはスワンS(G2)を、そして02年には京都牝馬S(G3)を勝利した名牝だった。 そんな母に父ハーツクライのマスクトヒーローは転厩初戦を楽勝すると、その後、デビュー7戦を終えた時点で6勝を挙げる活躍。 あっという間にオープン入りした。 しかし……。 「ヒザが泣き所でした。 レース前後に小まめにレントゲンを撮るなど手は打っていましたがオープンで厳しい競馬をするようになると、何度も骨折をしてしまいました」 数か月に及ぶ休養を何度も挟みながらも14年の暮れにはオープン勝ち。 翌15年には重賞のマーチS(G3)に送り込んだ。 新開は当時の心境を述懐する。 「何とか重賞を勝たせてあげたいと強く思っていました」 名手・横山典弘を配し、1番人気に支持された。 好位を進んだレースでは、4コーナーで横山が股下から後続を確認するほど絶好の手応え。 直線では堂々と先頭に躍り出た。 ゴールまで30メートルでもまだ先頭。 念願の重賞制覇と思えた。 ところが栄冠を目の前にして急失速。 時計差なしの3着に惜敗した。 「失速した時には『またやっちゃったかな?! 』と思いました」と新開。 悪い予感は的中。 骨折していた。 「さすがにこれ以上はかわいそうだと思い、この1戦を最後に引退させる事にしました」 コロナに打ち勝つ日は必ずやってくる 千載一遇の重賞制覇のチャンスを逃したのはマスクトヒーローだけではなかった。 それから5年が過ぎたが、新開もまだグレードレースには手が届いていない。 それでも毎年コンスタントに成績を残す調教師は言う。 「生き物相手なので思うようにいかない事がほとんどです。 でも、そんな中でも投げ出さずに少しでもうまくいくためにはどうすれば良いかを模索し続ける事が大切だと考えています」 こういう姿勢を貫き通している限り、いずれ競馬の神様が微笑んでくれる日は来る事だろう。 そんな指揮官が現在、楽しみにデビューを待つ馬がいる。 マスクトヒーローの妹の子供であるトゥーフェイスという2歳の牡馬だ。 トゥーフェイス(新開師提供) 「お父さんはモーリス。 姉のルイジアナママも私の厩舎でみさせていただいていますが、440キロ台の彼女と違い、骨格がしっかりして480キロくらいあります。 マスクトヒーローとも違う感じで今のところ脚元もしっかりしています」 ビハインドザマスクもマスクトヒーローもルイジアナママも3歳でのデビューだったが、トゥーフェイスは2歳春の4月2日にはすでに入厩。 6月に始まる2歳新馬戦を目指しじっくりと乗り込んでいる。 「ノリちゃん(横山典弘)に乗ってもらい、調教では良い動きをしています」 横山典弘を乗せて調教をされているトゥーフェイス 調教は順調に進んでいる。 問題は現在の状況だ。 ご存知のように新型コロナウイルスと戦っているのは競馬の世界も同様。 5月末に迫ったダービーでさえ確実に行われるという保証はどこにもないのだ。 「JRAは全厩舎、全員で対策に取り組んでいます。 もちろんうちの厩舎でも徹底しています。 東京や中山へ行く厩舎スタッフは寄り道せず往復しているし、途中の休憩が義務化されている福島や新潟でも車中で休むようにしています。 また、近隣の皆様に迷惑をかけないためにも競馬場では外出しないようにしています」 そう語る新開自身、自宅とトレセン、競馬場の往復だけという生活を続けている。 ちなみにトゥーフェイスの母の名はマスクオフ。 皆でマスクオフして競馬場に集まれる日は必ずやって来る。 トゥーフェイスの勝利と新開の重賞制覇に海外遠征が見られる日も必ずやって来る。 明るい未来を信じたい。 18年撮影の新開師。 新開調教師に感謝いたします。

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