夏 草 おく の ほそ 道。 中学校国語 古文/おくのほそ道

『 おくのほそ道 』の冒頭

夏 草 おく の ほそ 道

国語科指導事例 単元名 古典を味わおう 〜「おくのほそ道」(松尾芭蕉)〜 (東京書籍・3年) 1 この単元で育てたい言語能力 文章を読んで、人間、社会、自然などについて考え、自分の意見を持てるようになる。 2 この言語能力を取り上げた理由 古典を読むという行為を通して、時代を越えた普遍的な価値を見出すことができる。 人間の真実の姿、人間と社会との関わり、自然の豊かさ、あるいは、言葉が表出する世界の見事さ、といったものに触れることができる。 そのことによって、現代の社会や今の自分を改めて見つめ直す機会を得ることもできる。 3 生徒の実態 中学3年生の2学期となると、自分の進路について考えるとともに、将来のことや社会へと目を向けるようになる。 そういった中で、国語の授業において、人間、社会、自然などについて考え、自分の意見を持てるようになることは、大変有意義なことである。 古典の学習については、1・2年生で基礎的な知識をある程度身につけているとは思われるが、音読を中心に据え、基礎的な知識の定着を図るとともに、古典を身近なものに感じ、古典に親しむ態度も培いたい。 4 教材 教科書(東京書籍3年)では、旅程図・冒頭文・平泉・あとがきという構成になっているが、これに立石寺と出雲崎の俳文を加え、芭蕉の生き方や人生観に迫らせたい。 5 指導計画 時間 学習内容 ね ら い 1 芭蕉の旅の概観 「おくのほそ道」旅程図を概観し、芭蕉の旅の目的を予想させることで、興味関心を持たせる。 2 冒頭文 芭蕉の旅に対する考え方や旅にあこがれる思いを表現の特徴に即して読み取らせる。 3 平泉 地の文と俳句の言葉との関連に着目させ、高館を訪れ、涙を落とした芭蕉の心情に迫らせる。 4 立石寺(閑さや・・) 立石寺の寂莫とした情景を想像し、俳句ができるまでの芭蕉の推敲の跡をたどらせる。 5 出雲崎(荒海や・・) この句に潜む芭蕉の人間へのまなざしを読み取らせ、それに対する自分なりの考えを持たせる。 6 旅の終わり・辞世の句 再び芭蕉の旅の目的について考えさせるとともに、芭蕉の人生観について感想を書かせる。 6 本時の展開 (1)第1時 旅の概観と旅の目的の予想 1 本時のねらい 「おくのほそ道」の旅の行程を地図でたどり、要した日数や距離、訪れた場所、当時の生活など、いろいろな情報をもとにして芭蕉の旅の目的を予想させることで、興味関心を高める。 2 本時の流れ 学習内容および活動 評価と教師の手立て 1 教科書の「おくのほそ道」旅程図を見て、各自の知っている地名や知っている事柄を発表する。 2 に芭蕉の旅の目的を自分なりに予想して書き、発表し合う。 お互いの発表をもとに、芭蕉の訪れた場所についてイメージを膨らませ、芭蕉の旅に興味を持つとともに、芭蕉の旅の目的を予想しようとしている。 (関; ワークシート) 旅の距離や日数、当時の旅のこと、芭蕉の年齢など、情報を提供し、グループで話し合わせる。 (2)第2時 冒頭文の音読と理解 1 本時のねらい 芭蕉の旅に対する考えや思いを表現の特徴に即して読み取らせる。 2 本時の流れ 学習内容および活動 評価と教師の手立て 1 冒頭文を仮名遣いや助詞の省略など、古文の特徴に注意しながら、繰り返し音読する 2 芭蕉の旅に対する考え方や旅にあこがれる気持ちを文章の表現や俳句から具体的に理解する。 3 本時の学習を振り返り、ワークシート1に旅の目的や感想を追加する。 音読を通して、古文の特徴に気付いている。 友達と協力して音読の練習をしている。 (言・関; 音読の取組み) 音読のつまずきを取り上げて、学級全体で古文の特徴を確認する。 冒頭の対句表現から、旅=人生といった芭蕉の考え方や「古人」にあこがれる思いを読み取っている。 「漂泊の思ひ」について、具体的に説明できる。 旅支度について具体的に列挙できている。 (読; 学習ノート) 芭蕉の考え方について自分なりの感想を書いている。 (関; ワークシート) (3)第3時 平泉の文章の音読と理解 1 本時のねらい 地の文と俳句との響き合いに着目し、高館を訪れて芭蕉が目にしたものや思い浮かべたものを想像し、「時のうつるまで涙を落としはべりぬ」という芭蕉の心情に迫らせる 2 本時の流れ 学習内容および活動 評価と教師の手立て 1 平泉の文章を古文の特徴に留意して音読する。 2 俳句の言葉と地の文の言葉を比較検討することを通して、芭蕉の眼前の情景と芭蕉の想像したことをとらえる。 3 「兵ども」について教師の説明を聞く。 4 芭蕉の思いを自分なりの言葉で表す。 5 学習を振り返り、ワークシートに記入する。 声に出して、正しく音読している。 音読を通して、語感を磨いている。 (言・関; 音読の取組み) 板書のカードで切れ目を分かりやすくして、全員が正しく読めるようにする。 言葉の比較について、自分なりの考えを述べるとともに友達の考えもよく聞いて検討している。 (関; グループ活動の取組み) 代表のグループの考えをもとに意見を交換させる。 歴史的な背景を説明し、芭蕉の心情に迫る手がかりとさせる。 芭蕉の心情を自分なりの言葉で書いている。 (読; 学習ノート) 本時の感想と旅の目的を追加して記入している。 (関; ワークシート) 意味の切れ目に注意して音読させるためのカード。 助詞の省略に気付き、正確な音読ができるようにしたい。 4人1組のグループで、地の文の言葉を「夏草」「兵ども」「夢の跡」の3つのグループに分けている。 各グループで使った小さなボードと磁石付きカード。 これを渡すとみんなやる気満々の顔に変わった。 いちばん早くグループ分けができた班のメンバーが黒板のカードを使って並べてている。 代表の班の分け方について、学級全体で吟味しているところ。 他の班の分け方について、疑問や意見もたくさんで出てきた。 この時間を振り返り、ワークシートに、授業の感想や芭蕉の旅の目的を書き込んでいる生徒。 授業の終末における板書。 「時のうつるまで涙を落とし」た芭蕉の心情に迫る意見も出てきた。 (4)第4時 立石寺(閑さや岩にしみ入る蝉の声)の文章の音読と理解 1 本時のねらい 立石寺の寂莫とした情景を想像し、俳句ができるまでの芭蕉の推敲の跡をたどらせる。 2 本時の流れ 学習内容および活動 評価と教師の手立て 1 立石寺の文章を古文の特徴に留意して音読する。 2 俳句の初案A・再案B・三案Cを比較して、違いを発表し合う。 3 学習を振り返り、ワークシートに記入する。 声に出して、正しく音読している。 音読を通して、語感を磨いている。 (言・関; 音読の取組み) A・B・Cの違いやそれぞれのよさを、地の文の言葉に結び付けて説明している。 (読; 学習ノート) 本時の感想と芭蕉の旅の目的を追加して記入している。 (関; ワークシート) (5)第5時 出雲崎(荒海や佐渡によこたふ天河)の音読と理解 1 本時のねらい この句に潜む芭蕉の人間へのまなざしを読み取らせ、それに対する自分なりの考えを持たせる。 2 本時の流れ 学習内容および活動 評価と教師の手立て 1 出雲崎の文章を古文の特徴に留意して音読する。 2 「銀河ノ序」の文章を読み、遠流の憂き目を見た人々への芭蕉の思いを読み取る。 3 学習を振り返り、ワークシートに記入する。 声に出して正しく音読している。 音読を通して語感を磨いている。 (言・関; 音読の取組み) 文章の後半の「たましゐけづるがごとく・・・そぞろにかなしびきたれば」という思いに至った理由を考えさせる。 そのとき、夜、波の音、本土と佐渡によこたわる天空の銀河、といった情景の効果にも気付かせる。 自分なりの考えをまとめている。 (関; ワークシート) (6)第6時 旅の終わり・辞世の句 1 本時のねらい これまで学習してきた文章をもう一度読み返すとともに、辞世の句「旅に病んで夢は枯野をかけ廻る」から芭蕉の人生について感想をまとめさせる。 2 本時の流れ 学習内容および活動 評価と教師の手立て 1 これまで学習してきた、冒頭・平泉・立石寺・出雲崎の文章や俳句をグループで読み合う。 2 芭蕉の辞世の句を読み、芭蕉の生き方について自分なりの考えを持つ。 3 学習を終えての感想をまとめ、友達と交換して読み合う。 友達と交代で読んだり聞いたりすることで古文の音読に慣れようとしている。 (関; グループ活動の取組み) 芭蕉の一生について補足説明をして、芭蕉の生き方やこの句に込めた思いを想像する手がかりとさせる。 自分なりの言葉で感想をまとめ、進んで友達と読み合っている。 (関; ワークシート).

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国語の 夏草ーおくのほそ道 から 松尾芭蕉の作品の意味、内容につい...

夏 草 おく の ほそ 道

に=断定の助動詞「なり」の連用形、接続は体言・連体形 こなた(此方)=代名詞、こちら あり=ラ変動詞「あり」の終止形 藤原氏三代の栄華も一眠りの夢のように短くはかないことで、大門の跡は一里ほどこちらの方(=手前)にある。 秀衡 ひでひら が跡は 田野 でんや に なりて、 金 きん 鶏山 けいざん のみ形を残す。 なり=ラ行四段動詞「成る」の連用形 秀衡の館の跡は田や野原になっていて、金鶏山だけが昔の形を残している。 まづ 高館 たかだち にのぼれ ば、 北上川 きたかみがわ 南部 より 流るる大河 なり。 より=格助詞、(起点)~から、(手段・用法)~で、(経過点)~を通って、(即時:直前に連体形がきて)~するやいなや 流るる=ラ行下二段動詞「流る」の連体形 なり=断定の助動詞「なり」の終止形。 接続は体言・連体形 まず(義経が住んでいた)高館に登ると、北上川(が見えるが、この川は)は南部地方から流れている大河である。 衣 ころも 川 がわ は 和泉 いずみ が 城 じょう を 巡 めぐ り て、高館の下にて大河に落ち入る。 衣川は和泉が城を回って流れて、高館の下で大河(=北上川)に流れ込んでいる。 泰衡 やすひら ら が 旧跡 きゅうせき は、 衣 ころも が 関 せき を 隔 へだ てて、南部口をさし固め、 夷 えぞ を防ぐと 見え たり。 見え=ヤ行下二段動詞「見ゆ」の連用形。 見える、分かる。 「ゆ」には「受身・自発・可能」の意味が含まれていたり、「見ゆ」には多くの意味がある。 たり=存続の助動詞「たり」の終止形、接続は連用形 泰衡らの古い館の跡は、衣が関を間にはさんで、南部地方との出入り口を固く守り、夷の侵入を防いだように見える。 さても 、 義 ぎ 臣 しん すぐつてこの 城にこもり、 巧名 こうみょう 一時 いちじ の 叢 くさむら と なる。 さても=副詞、そういう状態でも、それにしても、そのままでも、そうであっても なる=ラ行四段動詞「成る」の終止形 それにしても、(義経は)忠義な家来をえりすぐってこの城にたてこもり(戦ったが)、その功名も一時のもので、その場所も今となっては草むらとなっている。 「国 破れて山河 あり、城春 にして草 青み たり。 」と、 破れ=ラ行下二段動詞「破る」の連用形 あり=ラ変動詞「あり」の連用形 に=断定の助動詞「なり」の連用形、接続は体言・連体形 青み=マ行四段動詞「青む」の連用形 たり=存続の助動詞「たり」の終止形、接続は連用形 「国は破れ滅んでも山河はそのまま残っており、(荒廃した)城に春がきて、辺りの草は青々と 茂 しげ っている。 」と(いう漢詩を思い出して)、 笠 かさ うち 敷 し きて、時の移るまで涙を落とし 侍り ぬ。 うち敷き=カ行四段動詞「うち敷く」の連用形。 「うち」は接頭語、「ちょっと・すこし」などの意味があるが、あまり気にしなくてもよい。 侍り=補助動詞ラ変「侍り(はべり)」の連用形、丁寧語。 ぬ=完了の助動詞「ぬ」の終止形、接続は連用形 笠を地面に置いて、長い間(昔のことに思いを馳せて)涙を落としたことでした。 夏草や 兵 つわもの どもが 夢の跡 夏草=季語、夏 や=間投助詞 一面に青々と夏草が茂っていることだよ。 ここ高館で戦った義経らの姿が浮かぶようだ。 しかし、それも一時の夢のようにはかなく消えてしまった。 卯 う の花に 兼房 かねふさ 見ゆる 白 しら 毛 が かな 曾 そ 良 ら 卯の花=季語、夏 見ゆる=ヤ行下二段動詞「見ゆ」の連体形 かな=詠嘆の終助詞 白い卯の花を見ていると、白髪を振り乱して戦っていた兼房の姿が目に浮かぶようだ。 曾良 かねて耳 驚かし たる二堂 開帳す。 驚かし=サ行四段動詞「驚かす」の連用形 たる=存続の助動詞「たり」の連体形、接続は連用形 開帳す=サ変動詞「開帳す」の終止形。 「名詞+す(サ変動詞)」で一つのサ変動詞になるものがいくらかある。 例:「音す」、「愛す」、「心す」、「御覧ず」 以前から話に聞いて驚いていた二堂が開帳されている。 経堂は三将の像を残し、光堂は三代の 棺 ひつぎ を 納め、三尊の仏を 安 あん 置 ち す。 納め=マ行下二段動詞「納む(おさむ)」の連用形 安置す=サ変動詞「安置す」の終止形。 「名詞+す(サ変動詞)」で一つのサ変動詞になるものがいくらかある。 例:「音す」、「愛す」、「心す」、「御覧ず」 経堂は藤原氏三代の将軍(= 清衡 きよひら 、 基衡 もとひら 、 秀衡 ひでひら ) の像を残しており、光堂はその三代の棺を納め、三尊の仏像を安置している。 七宝 しっぽう 散り失せて、 珠 たま の 扉 とびら 風に破れ、 金 こがね の柱 霜雪 そうせつ に 朽 く ち て、すでに 頽廃 たいはい 空虚 くうきょ の 叢 くさむら と なる べきを、 なる=ラ行四段動詞「成る」の終止形 べき=当然の助動詞「べし」の連体形、接続は終止形(ラ変なら連体形)。 ㋜推量㋑意志㋕可能㋣当然㋱命令㋢適当のおよそ六つの意味がある。 七宝はなくなっていて、珠玉を散りばめた扉は風で破れ、金の柱は霜や雪のせいで朽ちて、すっかり荒れ果てて空しい草むらになるはずだったところを、 四面 新 あら た に囲みて、 甍 いらか を 覆 おお ひて風雨をしのぐ。 しばらく 千 せん 歳 ざい の 記念 かたみ とは なれ り。 なれ=ラ行四段動詞「成る」の已然形 り=存続の助動詞「り」の終止形、接続はサ変なら未然形・四段なら已然形 (光堂の)四面を新たに囲み、瓦を屋根に覆って風雨をしのいでいる。 しばらくの間は遠い昔をしのぶ記念物となったのである。 五月雨 さみだれ の 降り残してや 光堂 ひかりどう 五月雨=季語、夏 や=疑問の係助詞 五月雨も、この光堂だけは降り残したのだろうか。 (雨で朽ちることなく)今も光り輝いている光堂であるよ。

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奥の細道佛頂山居跡

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[奥の細道・関東編] このページは、初回は「奥の細道をたずねて」の名で公開し、 その後、再公開はflashのページ「奥の細道アラカルト」で、大垣迄を発表した後、 「奥の細道アラカルト俳句のある風景」として発表していたものです、 東北地方を釣行しているうちに、昔の面影を探すのが苦労する位に変わっている、 17世紀の「奥の細道」を 21 世紀の今辿って見たくなり、一歩を踏み出してしまいました。 釣行の合間に見るその風景は、水辺を中心に掲載しました。 皆様方と素敵なこの環境を、次の世代に引き継いで行きたく存じます。 一 漂泊 ひょうはく の思い 月日 つきひ は 百代 ひゃくだい の 過 か 客 かく にして、行きかふ年も 又旅人也 またたびとなり。 舟の上に 生涯 しょうがい をうかべ、馬の口をとらえて 老 おい むかふる物は、 日々 ひび 旅 にして旅を 栖 すみか とす。 古人 こじん も多く旅に死せるあり。 予 よ もいずれの年よりか、 片雲 へんうん の 風 かぜ にさそはれて、 漂白 ひょうはく の思いやまず、 海浜 かいひん にさすらへ、 去年 こぞ の秋 江上 こうじょう の 破屋 はおく に 蜘 くも の 古巣 ふるす をはらひて、やや年も暮れ、春立てる 霞 かすみ の空に 白河 しらかわ の関こえんと、そぞろ 神 かみ の物につきて心をくるはせ、 道祖神 どうそじん のまねきにあひて取るもの手につかず、もも 引 ひき の破れをつづり、 笠 かさ の 緒 お 付け かえて、 三里 さんり に 灸 きゅう すゆるより、 松島 まつしま の月 先 ま づ心にかかりて、住める方は人に 譲 ゆず り、 杉風 さんぷう が 別墅 べっしょ に移るに、 草の戸も 住 すみ 替 かわ る代ぞ ひなの家 面 おもて 八句 はっく を 庵 あん の柱に 懸 か け置く。 二 旅立ち 弥生 やよい も末の七日、 明 あけ ぼのの空 朧々 ろうろう として、月は 在明 ありあけ にて光おさまれる 物 もの から、 不二 ふじ の峰 幽 かすか にみえて、 上野 うえの ・ 谷中 やなか の花の 梢 こずえ 、 又 また いつかわと心ぼそし。 むつましきかぎりは 宵 よい よりつどひて、舟に乗りて送る。 千 せん じゆと云ふ所にて舟をあがれば、 前途 ぜんと 三千里のおもひ胸にふさがりて、 幻 まぼろし のちまたに 離別 りべつ の 泪 なみだ をそそぐ。 行 ゆく 春 はる や 鳥 啼 な き 魚 うお の 目は 泪 なみだ 是 これ を 矢立 やたて の初めとして、行く道なをすすまず。 人々 ひとびと は 途中 みちなか に立ちならびて、 後 うしろ かげのみゆる 迄 まで はと見送るなるべし 三 草加 そうか ことし 元禄 げんろく 二 ふた とせにや、 奥羽 おうう 長途 ちょうと の 行脚 あんぎゃ 只 ただ かりそめに思いたちて、 呉天 ごてん に 白髪 はくはつ の 恨 うら みを重ぬといへ 共 ども 、耳にふれていまだめにみぬさかひ、 若 も し生きて帰らねばと、定めなき頼みの末をかけ、 其 そ の日 漸 ようよう 草加 そうか と 云 い う 宿 しゅく にたどり着きにけり。 痩 そう 骨 こつ の肩にかかれる物、 先 ま ずくるしむ。 只 ただ 身すがらにと 出立 いでた ち 侍 はべ るを、 帋子一 かみこいち 衣 い は夜の 防ぎ、ゆかた・ 雨具 あまぐ ・ 墨 すみ 筆 ふで のたぐひ、あるはさりがたき 餞 はなむけ などしたるは、さすがに 打捨 うちす てがたくて、 路次 ろじ の 煩 わづら ひとなれるこそわりなけれ。 四 室 むろ の 八島 やしま 室 むろ の 八島 やしま に 詣 けい す。 同行曾 どうぎょうそ 良 ら が 曰く いわ 、「 此 こ の 神 かみ は 木 こ の 花 はな さくや 姫 ひめ の神と申して、 富士一体 ふじいったい 也。 無戸室 うつむろ に入りて焼き 給 たま ふちかひのみ 中 なか に、 火々 ほほ 出 で 見 み のみこと生まれ給ひしより、室の八島と申す。 又 また 煙を読み習はし 侍 はべ るもこの 謂也 いわれなり。 将 はた このしろといふ 魚 うお を禁ず。 縁記 えんぎ の 旨 むね 、世に伝ふ 事 こと も 侍り はべ し 糸遊 いとゆう に 結 むす び つきたる煙哉 五 佛五 ほとけご 左 ざ 衛門 えもん 卅 みそ 日 か 、 日光山 にっこうさん の 梺 ふもと に 泊 とま る。 あるじの 云 い ひけるやう、「 我 わ が 名 な は 佛五 ほとけご 左 ざ 衛門 えもん と 云 い ふ。 万 よろず 正直 しょうじき を 旨 むね とする 故 ゆえ に、人かくは申し侍るまま、 一夜 いちや の草の枕も 打解 うちと けて休み給へ」と云ふ。 いかなる 佛 ほとけ の 濁世 じょくせ 塵土 ぢんど に 示現 じげん して、かかる 桑門 そうもん の 乞食 こじき 順礼 じゅんれい ごときの人をたすけ給ふにやと、あるじのなす 事 こと に心をとどめてみるに、 唯 ただ 無智 むち 無分別 むふんべつ にして、 正直偏固 しょうじきへんこ の 者也 ものなり。 剛毅 ごうき 木訥 ぼくとつ の仁に近きたぐひ、 気稟 きひん の 清質 せいしつ 尤 もっと も 尊 とうと ぶ べし。 六 日光山 卯月 うづき 朔 つい 日 たち 、 御山 みやま に詣拝す、 往昔 そのかみ 此 こ の御山を 二 に 荒山 こうさん と書きしを、空海大師 開基 かいき の時、日光と改め給ふ。 千歳 せんざい 未来 みらい をさとり給ふにや。 今 いま 此 こ の 御光 みひかり 一天にか々やきて、 恩沢八 おんたくはっ 荒 こう にあふれ、 四民 しみん 安堵 あんど の 栖 すみか 穏やかなり。 猶 なお 憚り はばか 多くて筆をさし置きぬ。 あらとうと青葉若葉の日の光 黒髪山 くろかみやま は 霞 かすみ かかりて、雪いまだ白し。 剃 そ り 捨 す てて黒髪山に 衣 ころも 更 かえ 曽 そ 良 ら 曽良は 河合 かわい 氏 うじ にして、 惣五郎 そうごろう と云えり。 芭蕉の 下葉 したは に軒をならべて、 予 よ が 薪水 しんすい の労をたすく。 このたび松しま・ 象潟 きさがた の眺め 共 とも にせん 事 こと を 悦 よろこ び 、且は 羈 き 旅 りょ の難をいたはらんと、旅立つ 暁 あかつき 髪を剃りて 墨染 すみぞめ にさまをかえ、 惣 そう 五 ご を改めて 宗 そう 悟 ご とす。 仍 よ つて黒髪山の句有り。 「 衣 ころも 更 かえ 」の二字、力ありてきこゆ。 廿 にじゅう 余丁 よちょう 山を登って 瀧 たき 有り。 岩 いわ 洞 ほら の 頂 いただ き より 飛流 ひりゅう して 百尺 ひゃくしゃく 、 千岩 せんがん の 碧潭 へきたん に 落 お ちたり。 岩窟 がんくつ に身をひそめ入りて滝の裏よりみれば、うらみの瀧と 申 もうし 伝 つた え 侍る也。 暫時 しばらく は瀧に 籠 こ もるや 夏 げ の 初 はじめ 七 那須野 那須 なす の 黒 くろ ばねと云う所に 知人 しるひと あれば、 是 これ より 野 の 越 ごえ にかかりて、 直道 すぐみち をゆかんとす。 遥 はる か に 一村 いっそん を見かけて行くに、雨降り日暮るる。 農夫 のうふ の家に 一夜 いちや をかりて、明くれば 又 また 野中 のなか を行く。 そこに 野飼 のかい の馬あり。 草刈るおのこになげきよれば、 野夫 やふ といへどもさすがに情しらぬには 非 あら ず、「いかがすべきや。 されども此の野は 縦横 じゅうおう にわかれて、ういうい 敷 し き旅人の道ふみたがえん、あやしう侍れば、此の馬のとどまる所にて馬を返し給へ」と、かし侍りぬ。 ちいさき者ふたり、馬の 跡 あと したひてはしる。 独 ひと り は 小姫 こひめ にて、名をかさねと云う。 聞きなれぬ名のやさしかりければ、 かさねとは 八重 やえ 撫子 なでしこ の名 成 な るべし 曽良 頓 やが て 人里 ひとざと に至れば、あたひを 鞍 くら つぼに 結付 むすびつ けて馬を返しぬ。 八 黒羽 くろばね 黒羽 くろはね の 館代 かんだい 浄坊寺 じょうほうじ 何 なに がしの方に 音信 おとづ る。 思ひかけぬあるじの 悦 よろこ び、 日夜 にちや 語りつづけて、 其 そ の弟 桃 とう 翠 すい など云ふが、 朝夕 ちょうせき 勤 づと めとぶらひ、 自 みずか らの家にも 伴 ともな ひて、 親属 しんぞく の方にもまねかれ、日をふるままに、 日 ひ とひ 郊 こう 外 がい に 逍遥 しょうよう して 犬追物 いぬおうもの の跡を 一見 いっけん し、 那須 なす の 篠原 しのはら をわけて 玉 たま 藻 も の 前 まえ の 古墳 こふん をとふ。 それより 八幡 はちまん 宮 ぐう に 詣 もう づ。 「 余市 よいち 扇 おうぎ の 的 まと を射し時、 別 べっ しては我が国の 氏神 うじがみ 正八 しょうはち まんと、ちかひしも此の神社にて侍る」と聞けば、 感応 かんおう 殊 こと にしきりに覚えらる。 暮るれば桃翠宅に帰る。 修験 しゅげん 光明寺 こうみょうじ と云う有り。 そこにまねかれて 行者堂 ぎょうじゃどう を 拝 はい す。 夏山 なつやま に 足駄 あしだ を拝む 首途 かどで 哉 かな と、とりあへぬ一句を柱に残し侍りし。 九 雲 うん 巌寺 がんじ 当国雲岸寺 とうごくうんがんじ のおくに 佛頂和尚山居 ぶっちょうおしょうさんきょ の 跡 あと あり。 「 竪 たて 横 よこ の 五尺 ごしゃく にたらぬ草の 庵 いお むすぶもくやし雨なかりせばと松の炭して岩に 書付 かきつ け侍り 」と、いつぞや 聞 きこ え 給 ふ。 其 そ の跡みんと雲岸寺に 杖 つえ を 曳 ひ け ば 、 人々 ひとびと すすんで 共 とも にいざなひ、若き人おほく道のほど打ちさはぎて、おぼえず 彼 か の 梺 ふもと に 到 いた る。 山はおくあるけしきにて、 谷 たに 道 みち 遥 はる か に、 松 まつ ・ 杉 すぎ 黒く 、 苔 こけ しただりて、 卯月 うづき の 天 てん 今 いま 猶寒 なおさむ し。 十景 じゅっけい 尽 くる所、橋をわたつて 山門 さんもん に入る。 さて、かの跡はいづくのほどにやと、 後 うしろ の山によぢのぼれば、 石上 せきじょう の 小庵 しょうあん 岩窟 がんくつ にむすびかけたり。 妙 みょう 禅師 ぜんじ の 死関 しかん ・ 法雲法師 ほううんほうし の 石室 せきしつ をみるがごとし。 啄木 きつつき も 庵 いお はやぶらず 夏 なつ 木立 こだち と、とりあへぬ一句を柱に残し侍りし。 十 殺生 せっしょう 石 せき ・ 遊行 ゆぎょう 柳 やなぎ 是 これ より 殺生 せっしょう 石 せき に行く。 館代 かんだい より馬にて送くらる。 此 こ の 口付 くちづき のおのこ、「 短冊 たんざく 得させよ」と 乞 こ ふ。 石の 毒 どく 気いまだほろびず、 蜂 はち ・ 蝶 ちょう のたぐひ 真砂 まさご の色の見えぬほどかさなり死す。 又 また 清水 しみず ながるるの 柳 やなぎ は、 芦野 あしの の 里 さと にありて、田の 畦 くろ に残る。 此の所の 郡守戸部某 ぐんしゅこほうなにがし の、「此の柳みせばや」など、 折々 おりおり にの 給 たま ひ 聞 きこ え給ふを、いづくのほどにやと思ひしを、 今日 きょう 此の柳のかげにこそ立ちより侍りつれ。 田 た 一枚 いちまい 植えて 立去 たちさ る柳かな.

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