京橋はええとこだっせ。 京橋はええとこだっせ…「囲碁・将棋クラブ」イベントスペースに、落語会も開催(1/2ページ)

京橋はええとこだっせ~♪

京橋はええとこだっせ

- > > > > > > ・ > 京橋 京 橋 野 江 京橋 永 田 京橋の噂 [ ]• 京橋駅の噂はへ。 でいうと、とをごちゃ混ぜにした感じ。 東京のとは全然違う。 イントネーションも違う。 東京など東日本の人は、ここの京橋も東京の京橋と同じアクセントで言う。 東日本だけでなく、やの人でも同じ。 ともアクセントが違う。 当然関東などの人は京都の大宮もさいたまと同じアクセントで言う。 大阪駅環状線ホームの列車案内のあのアクセントか?あれめっちゃ違和感あるわ.地元ではあんな発音やない.• の駅と京阪モールだけは綺麗。 無駄に頑張ってる。 京阪の駅は淀屋橋や天満橋よりもずっと立派なのでターミナルと間違えてしまう。 事実利用客数は京阪で1番多い。 事実上のメインターミナルだろう。 南西はOBPに繋がってる。 が、OBPは東京で言うと程度でしかないと思う。 まぁ一般的な大阪のイメージとは外れた一角の一つ。 行けば東京人はになって叫ぶ。 ちなみにに写っている高層ビル群一帯がOBPである。 ちなみにOBPは都島区ではなく中央区。 詳しくはをどうぞ。 高層ビル地区、OAP・OBP・・・OCP 大阪キャッスル公園• 京橋は「OBPの玄関口」らしい。 駅スタンプより。 OBPや京阪モールが出来ても、街のイメージはあいかわらず。 京阪沿線の住民は小さい頃から「京橋は危ないとこやから行ったらあかん」と言われて育てられるらしい。 桜ノ宮で交番にお世話になった際、京橋のうどん食べたついでに来た、と話したら若い警察官が「あそこは危ない、なんでかっていうと昼はともかく、夜は………酔っぱらいとかおるから」と危ない理由をかなり躊躇していっていた。 の大阪支社・大阪工場はここではない。 他社でいう大阪支社にあたる西日本サポートセンターは、大阪工場があるのは。 薬品系統の関西支社はにそれぞれ所在。 京橋はええとこだっせ 総本山• グランシャトーが京橋のシンボル。 TVCMソングについては諸説ある。 まず、 浪花のモーツァルトことキダ・タロー先生が最有力候補。 しかし、先生はそれを公に認めていない。 あるいは、キャバレー香蘭専属バンドのバンマスなど。 よって、朝日新聞大阪版などでは「作曲者不詳」と表記される事が多い 笑• グランシャトーがあるのは実は移転前の京阪京橋駅があった場所。 あそこのゲーセンはロケテストのメッカだったりする。 え!?マンホールからGKBRが出て来るのに!?• ここのサウナはめたくそ明るいので8点には向いてないしそういう場所としても使われていない。 ただ京橋にそういう場所は他にある。 なんせ風俗は何でもある街なので。 まあ、大阪の8点場と言うと「堂山」になる。 駅前でプレーリードックを散歩させるおっちゃんがおる。 立ち飲み屋が多い。 めっちゃうまい。 おねえちゃんの居る立ち飲み屋もある。 京阪モール周辺にしか若者がいない。 夜暗くなると出没…「セクキャバいかがですか? 下手したら、駅から出て10秒で勧誘される事がある。 京橋駅近辺の夜はガールズバーの呼び込みが大集合。 「ちちんぷいぷい」に出演している石田英司さんのホームタウン。 一時期、キタ・ミナミと張り合うため、京橋を「ヒガシ」と呼ぼう!とする運動があった。 定着はしていない。 「キタ」と使ってるヤツすら見たコトはない。 ミナミは結構居る。 「キタ」は普通に使いますが。 じゃあ、弁天町付近は「ニシ」ってことでビンゴだな。 因みに知り合いは殆ど中心に行く人間ばかりです。 なので使わんのかも?梅田は梅田と言うし・・・• 若しくは、全通で成長している、とかは? ゴキブリの大群がマンホールから現れた。 大阪では梅田、ミナミ(・)、に次ぐ繁華街。 沿線住民にとっては「手軽にいける繁華街」である。 天王寺と似ていて、基本乗換場所で駅の周辺だけ繁華街。 でもまとまってて気楽に歩けるええとこだっせ。 だが、映画館がないので映画を観るには梅田まで行かなくてはならない。 駅前では、真昼間から、乳モンで行きませんか?とジェスチャーしながら声をかけてくるキャッチがいる。 キャバクラの前の呼び込みも、チチもみ放題を盛んに強調している。 昔「兄ちゃん!ええ乳あるよ!ええ乳」と追っかけられて逃げた。 今思うと、八百屋の軒先に乳が並んでるようであんまエロくない。 夜になると人数が倍化。 通勤帰りの人間にとってはウザいの一言。 大阪屈指の風俗街。 しかも駅近に堂々と大きなPINサロビルが建っている。 京阪側はホストっぽいのが、商店街側はガールズバーのキャッチがたくさん。 「彩華ラーメン」のパチモンの「サイガラーメン」がある。 あれ、パクリだったのか。 知らなかった。 サイガラーメン、10月末で閉店。 京橋一番街の環状線側は今は店はないがかつてはこちら側にも店があって、サイガラーメンもそこにあった。 サイガ以外にも力雅など複数のラーメン店がこの辺りにあった。 「キャバレー天守閣」の看板がの窓からよく見える。 ちなみに「このへん!! トラベラー大阪」というABCの深夜番組で登場し、その後も総集編などで登場。 このトラファンの聖地?? どう見てもオフィスビルにしか見えない様なビルの中にが入居している。 日本橋店が出来る前は、この店が環状線内唯一のアニメイトだった。 「自転車の都」• 「京橋花月」オープンによって大阪の新しい笑いのメッカになるか?• 劇場まで行ってお笑いを見る人間って、そんなに居ない気がするんだけど。 2011年に閉鎖され、今はそのスペースに大衆演劇が入っている。 KiKi京橋という京阪が経営する商業施設の中にあった。 同じビルの中にはブックオフやラーメン店の新福菜館もある。 「大阪王将」ならぬ、「」という名前の中華料理屋がある。 環状線に乗ってると、京橋の手前(エリア的には桜ノ宮)で「ホテル王将」が見える。 大阪王の店舗は元は大阪王将の第一号店でした。 大阪王が大阪王将から独立したそうな。 大正駅の近くでも見た。 大阪環状線京橋駅の東側には「ぎょうざの満洲」もある。 もあるのだが、いまいちパッとしない。 ダイエー京橋店• 京阪モール位気合の入った店に改装すれば、もっと人が集まりそうなのに…。 いやいや、 垢抜けたダイエーなんか、ダイエーじゃないと思うんだけど・・・• でもダイエーの中では大規模な店舗であり、地の利もあって来客数は多い。 後で増築したためか、同じ階でも途中で段差がある。 それはおそらくボウリング場があった名残り。 皆既日食の中継も近くでやってるのは古川橋とココくらいだった。 スーパーではあるものの、3階には本格的な中華料理店がある。 2階がJR京橋駅の西改札口と直接繋がってる。 2016年にに変わったが、未だにダイエーと呼んだほうがピンとくる。 イオンに変わったのに、程なくして2019年9月末に閉店…。 矢印の先にあるのは、珍しくも京橋に店を構えているがそれ以外は普通のメイドカフェ。 コムズガーデンは大したこと無いレストラン街だが、噴水、植物、店の配置など景観はきれいである。 商店街の入口にある真実の口? 商店街の中に防護服を扱う店があるらしい。 言うまでもなく大阪市内有数のターミナル駅のはずだが、地下鉄の存在感が薄い。 そもそも京橋に地下鉄の駅が初めて出来たのが1990年とかなり遅い上その時点では離れ小島の路線で都心に繋がっていなかった。 都心に繋がって地下鉄他線と連絡したのは1996年のこと。 都島区では唯一のターミナルになるのだが大多数の都島区民にとっては地下鉄というより京橋自体の存在感が薄い。 目的地にもよるが、区の南端に位置する京橋から乗車すると乗り換えや所要時間が増えたり遠回りになるケースが多い為。 都島区の実質的中心駅は谷町線都島駅である。 実際、学研都市線ホームは城東区にかかっているのであながち間違いではないのだが。 JR京橋駅の正式な住所は城東区になる。 京阪と地下鉄は都島区。 平成に入ってから「京橋」という概念が城東方面へじわじわ拡大しており、おおさか東線の線路より西側は京橋として認知されてきているから間違いというわけではない。 あと駅前にバスターミナルが存在しない。 大阪市バスの「京橋駅前」バス停は2ヶ所ある上にかなり離れている。 京阪の駅の北側と寝屋川沿いにあるが来るのはそれぞれ1系統のみ。 しかも本数は少ない。 京阪の駅の北側にある停留所はかなり狭い道にある。 少し離れた上には「京橋北口」バス停がありそこには大阪市バスと近鉄バスが乗り入れている。 近鉄バス阪奈生駒線も年々本数が減り2016年12月からは土曜日に1往復のみの免許維持路線に…。 その昔は奈良や生駒山上まで乗り換えなしで行くことができた。 近鉄バスの停留所名は「京橋」。 近鉄バスは2017年に廃止になった。 実は2008年までが乗り入れていた。 まで行く長距離の路線だったが本数は年々減少し、末期には免許維持路線に近い状態となっていた。 終戦前日に空襲で大きな被害を受けた場所として最もよく取り上げられている気がする。 大阪城周辺の兵器工場破壊のために使われた大型爆弾が駅を直撃し多くの犠牲者が出た。 今でこそ「京橋」といえば京橋駅周辺のことを指すが、本来の「京橋」はかなり天満橋寄りにある。 大阪城の北側の寝屋川にかかる橋が「京橋」。 京阪の初代京橋駅はそこにあった。 かつては京阪天満橋駅のある場所が「大阪市東区京橋」だった。 「コテコテ過ぎない大阪人」の意見を求めて街角インタビュアーが良く彷徨っている。 「コテコテ」がほしい場合は千林にいく。 京橋駅北口の広場や商店街にとどまらず、立ち飲み店の中で取材なんてことも。 昭和30年代にが出店する計画があったらしい。 土地まで取得したものの、周辺が風俗街とかだったため取りやめになった。 頑張れば京阪電車やJR東西線からほのかに京都の空気感を感じることも出来る街。 「京橋」という名称も「京都に向かう入口にある橋」に由来している。 ちなみに東京の京橋も名前の由来は同じ(江戸から京へと向かう最初の橋)。 京橋自体は、都島区の地名だが、現在では、城東区や中央区の隣接するエリアまでを含んで京橋ということが多い。 (2019年)• 当たり前だが、ダイエーのあったところが地名が片町であったとしても、あの辺りを片町と言ったところで、大多数の人々には通じない。 地元を知る人になればなるほど、混乱する。 都島区内に京橋という町名は存在しない。 あるのは東野田町と片町。 都島南通や中通も場所によっては京橋を構成するんじゃないのかね。 事実京街道の商店街は一部が都島南通にかかっているしアーケードを出た場所はもう都島中通だったりもする。 「都島」とは付いているものの谷町線の都島駅へは遠い。 そのとおりで、まさにその辺りを京橋と言っている。 にもかかわらずチャクウィキでは都島区の項目に片町が置かれていたりして読者に対してノンフレンドリー。 城東区内の蒲生1丁目と2丁目や新喜多1丁目、鴫野西1丁目、野江1丁目のあたりは京橋の一部として認知されている。 京橋の外れ、蒲生2丁目の銭湯の水風呂は評価が高い。 大阪のサウナー界・銭湯好き界ではそこそこ知られた銭湯。 コストパフォーマンスが良い銭湯と言われている。 一定の温度以上になると自動的に氷の粒が、流し込まれ強制的に冷やされる。 水温は16度をキープする感じ。 冷たくて気持ちいい。 サウナがあるが、タオルを持参すれば無料。 (貸しタオルは100円。 上記水風呂と交互に入ることで、ととのう~~。 露天風呂は岩風呂。 壁にテレビが埋め込まれている。 阪神戦中継時などは人が増える。 新喜多1丁目の焼肉の富鶴は、隠れた名店。 環状線の内側エリアは、やとともに、都市再生緊急整備地域に指定されている。 これにあわせて、京阪京橋駅とその周りもが開発するらしい。 バス - 大阪市営バス 近鉄バス.

次の

「京橋はええとこだっせ♪」きすけ(鬼助)のブログ | きすけ(鬼助)のページ

京橋はええとこだっせ

Q&A回答 0件• 3,131アクセス• ブログのお友達とのプチオフ会(懇親会)のお店は、京橋の商店街をうろついて・・・ 入ったお店は、 昭和大衆ホルモン京橋北店 少しレトロな感じですが、看板はいかにも大阪、コテコテです。 (笑) 17時~19時まで、ビール1杯¥190(税込だったかな?) 時間内なら、何杯飲んでもOKです。 お店のお兄ちゃんが、乾杯の音頭を取ります。 お兄ちゃんの、ビールジョッキにはビールは入っておりません。 ビール風の色付けされています。 (笑) 乾杯の時には、お店中で一斉にカンパーイ!(笑) めっちゃ賑やかです。 ちょれぎサラダ、ハラミ、ネクタイ、???? スジポン 幻のテッチャン、焼き野菜 七輪で炭火焼きです。 飲みながら、何を話したでしょうか? 車のこと。 ストリーム アブソリュートは、 ミニバンであって、ミニバンではない。 スポーツ系の車だそうです。 その他、オーディオのこと、旅行記のこと等。? お店のディスプレーは、懐かしいですね~ 京橋で、一次会の前と、一次会から二次会に移動の際 京橋の商店街等をうろつきました。 私は今まで、京橋で降りたことは数回しかなく、 殆ど知りません。 そして、京橋と言えば、 そう、タイトルを見て、ピーンときたかたは、大阪通ですね! 笑 レジャービル、京橋グランシャトーの テレビコマーシャルの一フレーズ。 京橋は~ええとこだっせ グランシャトーが、おまっせ サウナでさっぱりええ男 恋の華~も咲きまっせ グランシャトーはレジャービル グランシャトーへ いらっしゃい 懐かしい歌詞です。 この歌詞をご存知の方は、大阪、関西にかかわりがあったか、 相当の大阪通ですね。 地下がパチンコ店「シャトー会館」 1階がパチンコ店「? パチンコグランシャトー」 2階がゲームセンター「? ゲームポイントシャトーEX」 3階がキャバレー? 「ナイトクラブ香蘭」? 4階がカラオケ「うたっちゃえ」? 5階がサウナ? 「サウナグランシャトー」 と、レジャービルになっています。 何となく、キャバレーが気になります。 そして、二軒目 お店に名前は、そのまんま。 さかなや 京阪京橋店? このお店に行ったのは、覚えていますが・・・ 肴に? 何を頼んだのか・・・ 記憶が飛んでいます。 突き出しと・・・ 赤ワイン ここまでは、覚えています。 瓶ビールも頼みました。 肴は????? 翌日、ねこにゃんさんに電話で確認したところ、 払ったらしいですが・・・ ねこにゃんさん、ありがとうございました。 損だけは、しないようにしてください。 申し訳ありませんでした。 また、懲りずに一緒に飲みましょう! 皆さん、私と一緒に飲むときは、ご注意ください。 笑 酔っぱらいオヤジのプチオフ会報告でした。

次の

京橋はええとこだっせ

京橋はええとこだっせ

大阪の北東の玄関、京阪電鉄本線とJR環状線・東西線・学研都市線、地下鉄長堀鶴見緑地線の駅が集中するターミナル「京橋」。 京街道から大阪の玄関口に架かる橋(橋の場所は駅から離れている)の名前から京橋の名がついた、その風格のある名前には程遠い、あまりにも猥雑な駅前の風景は、この京橋という街の性質そのものを表している。 大阪では戦前から都心で働き、郊外に住むというライフスタイルが定着している。 明治・大正時代はただの田畑が広がるだけの田舎に過ぎなかったこの場所が、都心から郊外を結ぶ乗り換え口である京橋駅前に徐々に立ち飲み居酒屋などが増えだしたのが今の街の成り立ち。 駅のすぐ東側の城東区は大正末期の大阪市域拡大で東成郡城東村から東成区に編入、後に城東区となる。 その頃には紡績工場などが相次いで進出し、この付近もすっかり宅地開発が進み市街化していたと言われる。 建物を見た感じそのまま、フランス語で「大きな城」という意味の京橋のシンボルマーク的存在だ。 終戦直後の闇市で財を成した台湾人実業家が作り上げたという。 京橋グランシャトービルは昭和46(1971)年のオープンの老舗。 サウナ、中華料理店、ゲームセンター、カラオケ、パチンコ店、キャバレー香蘭などなど、京橋の一大レジャー拠点として、その地位を確固たるものにしている。 JRと京阪の駅の間の広場を大勢の通行人が通り過ぎる。 その道端にはどこぞの馬の骨ともわからぬ謎のアーティストや歌手を目指す若者、いろんなパフォーマーが芸を見せびらかしている。 ある意味奔放な街だが、もっぱらカオスな街である。 広場の床の何気ないマンホールは「ゴキブリマンホール」と呼ばれ恐れられている、大阪都市伝説の一つ。 殺虫剤を注入すると、その中で繁殖したゴキブリが一斉に飛び出してくるさまがYoutube動画で公開され、瞬く間に有名になった。 残念ながら今ではゴキブリは殺処分されている、はず。 駅前にはサラ金の社名が書かれたティッシュを渡してくるお姉さん、その数に比例するかのように背後にそびえるビルには凄まじい数の消費者金融会社のオフィスがこれでもかと視界に入る。 JR京橋駅の改札を東へ抜ける。 目の前には立ち飲み居酒屋やチケットショップが並び、所狭しと仕事帰りのサラリーマンが闊歩する。 良く言えば庶民的な歓楽街だが、薄汚れた街である。 だがそれが京橋のオンリーワンであり、人々を寄せ付けてやまないブラックホールのような混沌が存在する。 この街では良くも悪くも底抜けの開放感が支配する。 エンドレスで流れる「グランシャトーのテーマソング」もそれに拍車をかけていることだろう。 立ち食いうどん屋が店の前にテーブルを出している。 昼時ともなれば通路の半分くらいが塞がれて、つかの間のうどんテラス状態に早変わり。 なんとも京橋らしい風情だ。 グランシャトービルの横の路地へ入ると、そこはひと世代前もふた世代前もの雰囲気を残す歓楽街。 しかし、やはりというべきか、通行人はチンピラ紛いの者も少なくない。 写真の撮影には細心の注意を払うべきである。 そんなグランシャトービルの一角にある「ナイトクラブ香蘭」という名のキャバレー。 ここもグランシャトービルと同じ老舗中の老舗キャバレーとして京橋では不動の地位を譲らぬ有名な場所である。 店内は日本国内でも数少なくなった70年代スタイルを今に残す。 しかし大阪では駅前と言えば必ずと言っていいほど焼肉屋とパチンコ屋が存在する。 それがどんな辺鄙な駅前でもだ。 終戦後間近に焼け野原になった駅前の一等地が不法占拠され、そこに闇市が出来て、それも間もなく警察に撤去された後も、このように焼肉屋、パチンコ屋という形で残っている。 だから今になってどうこう言うつもりもないが、そんなことがあった事も日本の戦後史の一つの事実であったことも忘れてはならない。 「洋酒喫茶」という言葉も珍しく聞こえる。 京橋という街もとことん昭和の空気が残っている一画だ。 京橋はこの手のいかがわしい店の密集地帯。 今日も仕事帰りのサラリーマンオヤジを悪しき誘惑にいざなう。 まさしく、京橋はオヤジによるオヤジのための街である。 当時の大阪城北側に「大阪砲兵工廠」があり、終戦までに幾度も拡大を繰り返し、アジア最大の規模の兵器工場となっていた。 そこに莫大な数の労働者が兵器製造に従事していた。 京橋駅前はそれらを受け入れる盛り場としてますます発展していたのだ。 ところが終戦前日の昭和20(1945)年8月14日の午後に京橋一帯は米軍のB29による一斉爆撃を受けることになる。 標的は「大阪砲兵工廠」だった。 日本軍の戦の要であった巨大兵器工場は一トン爆弾の嵐に見舞われ、跡形もないまでに破壊されてしまう。 犠牲者が何人出たのか、それすらも今はわからない。 JR京橋駅の南口改札を出た所、大阪環状線の高架橋の下に、ひっそりと慰霊碑が建っている。 米軍が投下した一トン爆弾の一つが、この京橋駅のど真ん中に落ちた。 爆弾は当時の城東線(現・大阪環状線)のホームを突き破り、その下の片町線(現・学研都市線)のホームで炸裂した。 屋根の下なら大丈夫と、わざわざ避難していた乗客がそこには居た。 全て吹き飛ばされた。 日本がポツダム宣言を受託し、敗戦を宣言する前日のことだった。 死者は分かっているだけでも200名を超えると言われているが、行方不明者を含めると7、800名は居るとされ、その実態は今でも分かっていない。 兎角、悲惨な歴史の影を掲げる街なのである。 エリアから記事を探す• 373• 108•

次の