痛みは消えないままでいい 歌詞。 痛みは消えないままでいい。「馬と鹿」。

痛みは消えないままでいい。「馬と鹿」。

痛みは消えないままでいい 歌詞

別れもあれど、出会いの多い季節であり、恋心の芽生えや、恋愛事が始まることを、「春が来た」と形容したりする。 何か新しいことが始まって出会える、その希望と期待感に満ちているのが春だ。 しかし、ここでは、およそ希望を感じさせない言葉が、春に付随している。 だが、彼はその、望まない春に与えられた痛みを、誤魔化さずに受け入れて進もうとしているのだ。 痛みを感じるということは、まだ自分の身体と心が生きている証であり、その傷を治して、未来へ向かって更に強く生き続けたいという証でもある。 望まない現在を覆したい、壁を乗り越え未来へ生きたい。 しかし、まだ口に残った味の欠片を更に味わう。 その行為から、求める事象に対して、簡単に答えを出さず、何度も何度も試行錯誤して模索する執念深さが感じられる。 そして彼の、執念深さを持つ心の内の余計なものを捨て、底に残った唯一のものこそ、本当に大切にするべきものであることを、ここで教えてくれている。 自分の前に立ちはだかるそれに立ち向かう為に、心が見せた自分が守りたい大切なモノ。 そう唄う彼の言葉には、それがどんな感情であろうと、強く大事にして守りたいという願いが込められているのがわかる。 そしてその願いが成就して開く花こそ、夢であり、その名前こそ、明確に忘れてはならない名前なのであることを唄っているのだ。 またそれまでに負った傷の痛みを全て覚えていることこそ、ここまで生きてきた全ての時間に意味を与え、その願いの価値を失わせない大切なことなのであることがわかる。 そこに正当な理由があり正しい目標があったとしても、世間や社会、その場のコミュニティにある強い流れには、流されてしまった方が幾分楽だ。 しかし彼は、流されたくない明確な強い願いがあり、信念がある。 それゆえに立ち向かうのだ。 その強さに共鳴し、同じ願いを持ってくれる仲間もいるだろう。 だが、心に強さがあっても、その中に弱さが無いわけではない。 その自分の弱さを仲間に気づいて欲しいと、つい吐露してしまう時がある。 ここでは、そのどうしようもない人間らしさが表現されている。 その人間らしさがあるからこそ、願いへの素直さが更に強まるのだ。 それでも自問自答を繰り返し、何度でも立ち向かおうとする心が描かれている。 夜露で濡れた芝生も、やがて来る朝日が乾かしてくれる。 その時を今は待つのだ。 だが、その失敗を笑って誤魔化せるほどの器用さは持ち合わせてはいない。 彼の人間らしい不器用さが、ここでは強く表れている。 その不器用で愚直な人間が持つ魂だからこそ、それは、何にも変えられない揺ぎなく強い信念であり、誰も奪えない崇高なモノなのである。 その証が持つ意味と関係を何かに例えようとすれば、様々な言い方ができる。 しかし、それをすることもなく、彼らは進める場所をただガムシャラに進もうとする。 願いの成就の為に揺れる花、それに付随して生まれる多くの花、その全てが咲こうが咲くまいか、見届けることなく、彼らは必死に走るのだ。 馬と鹿な自分には分かりそうにもない。 しかし、そこに縋りつきたい願いを守りたい心は本物であり、純粋なモノである。 そして願いの為に生まれた夢という花は、不器用で馬鹿な自分には、何にも変えることができない。 もはやそれは自分を支える全てであり、それ以外に代わりになるものなどない。 だから彼は、その花の名前を呼ぶしかない。 たとえ反発されようとも、たとえ罵られようとも、彼にはその花しかないのだから。 不器用で愚直に叫ぶその名前には、不器用で愚直だからこそ、何も飾ることのない純粋な願いと想いが込められているのだ。 馬と鹿な人間は、決して綺麗とは言い難い、人間らしい純粋さだけを持っている。 また自分でも、心のどこかで、どうしてこれほどまで守りたいモノなのか分からなくなるほど、くだらないモノとして映るかもしれない。 だがその願いが、どうしようもなく身体を離れてくれないモノであれば、本当に叶えたいモノであるといえる。 頭で理性的に選ぶ願いには、損得のリスクに応じて簡単に諦めが付くモノが多い。 しかしそのリスクを度外視して、どうしても手放せない願いは、人間というひとつの生き物が本能で選んだ願いなのだ。 その願いには、理性で選んだ願いには無い不思議な力があり、失敗に怯まない強い力に繋がっていく。 不器用で愚直で本能のままに進む馬鹿であることこそ、困難に立ち向える人間らしい純粋な力を手に入れるヒントなのだ。 米津玄師の『馬と鹿』に込められた願いは、ここにあるといえよう。 TEXT 京極亮友.

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長介の髭 消えないままの痛み

痛みは消えないままでいい 歌詞

試聴する KKBOXを起動 消えない花火 作詞:Maiko 作曲:緒方洋平・Yuuki Shimada 忘れられない 忘れたくない だからまだ 会いたくて でも出来なくて 躊躇ってるけど この恋が 時が流れて また叶うといいと 願っています。 それは夏の夜 空に咲く花火のようでした。 はしゃいだ後に 不意に見せるその横顔が なんかたまらなくて守りたくなった。 誤魔化せない気持ちに嘘をつくのは 一人で居るよりも苦しいんだなぁ 二人で観るはずだった 映画の続きを借りて店を出た 帰りにコンビニに寄る 君の癖はもう、僕の癖になった Ah あてもないのに ガラス越しに君を探す 忘れられない 忘れたくない だからまだ 会いたくて でも出来なくて 躊躇ってるけど この恋が 時が流れて また叶うといいと 願っています。 見上げた星空 想うのは君の事ばかり クシャって笑う顔が今もまだ消えない きっと別の人じゃ何も満たされない それなら素直になることにしよう。 この胸の痛み受け止めよう。 いつでも繋いでた手は 今頃、誰の手を握るのかな? 信号待ちで寄り添う そんな日がまた来たらいいのにな Ah ため息がまた 君の名前 呼ぼうとする 電話をしたら驚くのかな 出るのかな そんな事 考えてたら いつも家につく 合鍵も外せないまま 結局、本当はこんなもんです 忘れられない 忘れたくない だからまだ 会いたくて でも出来なくて 躊躇ってるけど もう一度 側に居たくて 片想いからまた 始めてみます。 それは夏の夜 空に咲く花火のようでした。 はしゃいだ後に 不意に見せるその横顔が なんかたまらなくて守りたくなった。 誤魔化せない気持ちに嘘をつくのは 一人で居るよりも苦しいんだなぁ.

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痛みは消えないままでいい。「馬と鹿」。

痛みは消えないままでいい 歌詞

この曲はドラマの内容に合っているけど、ミュージックビデオを見るとまた違って感じるし、何も見ずに聞くと様々な逆境の中にいる人々が思い浮かびます。 自分は逆境という経験はないけど、身近な人だったら妹の家族や友人かな。 家族の問題や大きな病気など。 本人たちは逆境なんて思っていないかもしれません。 「痛みは消えないままでいい」 多かれ少なかれ生きていれば辛いことがあって、それを受け入れた上で前に進んでいこうと思わせてくれる曲。 「君じゃなきゃだめだ」 っていうところは恋愛っぽく聞こえて、受け手によって刺さり方が違う曲を作る米津さんは凄い人ですね。 ドラマの「ノーサイドゲーム」を見ていると、長男の高校時代の部活の試合の応援に行ったときのことを思い出します。 「馬と鹿」の曲の歌詞で言えば、「 呼べよ花の名前をただ一つだけ張り裂けるくらいに・・・」ってところかな。 最後に応援に行ったのはもう4年前か・・・ 相手チームのボールを持った選手に全力でタックルしていった姿と、引退試合後の応援席への挨拶で見せた選手たちの涙は忘れられません。 さて、長男のことを思い出して書いていたら思いが伝わったのか?長男からLINEがきました。 「旅行へ行くから、お金貸してくれませんか?」 って。 我が家の懐の痛みも消えないままだ・・・ こっちの痛みは早く消したい! <追記> 色々な考察ブログを読んで気に入ったブログがあったので貼り付けておきます。 (自分のために) スピタメウォッチング (エンタメ・音楽(邦楽)をマニアックに掘り下げて考察するブログ。 音楽の歌詞やアーティストの生き様から人生を学ぶのが趣味。

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