御巣鷹 山。 御巣鷹山の慰霊登山に学ぶ。航空業界で自分が担っている重責を再確認した日

御巣鷹山登山道について【4/22更新】 : 【公式】旅する上野村

御巣鷹 山

今年2017年はでした。 1985年8月12月に御巣鷹山で起こった日本航空123便の事故はあまりにも有名です。 当時僕は3歳、その時の記憶は全くありません。 自分がこの事故をはじめて認識したのは中学生の時に航空業界を目指した時でした。 それまで飛行機が事故を起こすことなどあり得ないと思っていたため、それだけの大きな事故がしかも日本で起こっていた事実が信じられませんでした。 それからは自分の中での飛行機に対するイメージはガラッと変わりました。 そして、それと同時に飛行機の安全の一翼を担う仕事がしたいという思いが自分の中に湧き起こりました。 思い返してみれば、高校で一時飛行機から意識が遠ざかったものの、大学に入り航空工学を学び、大学院で日本航空123便の不具合が再び起こってしまったときに着陸させる方法を研究した事は何かの運命なのかもしれません。 入社前に自分で日本航空の安全啓発センターを訪れ、自分が担う安全とは何かを考え、そして入社後数年して、知識や経験を積んだ後に再び安全啓発センターを訪れて、入社前に見えていたこととは別の事実や感情が自分の中にありました。 いつか御巣鷹山に登りたい。 その気持ちはずっとありましたが、タイミングなのか気持ちの整理なのか、何が理由か分かりません。 何か怖さを感じていたような言葉ではうまく表現することができない感覚があり、ずっと登山する事がありませんでした。 航空業界に入って10年、何かの縁なのかもしれません。 会社で御巣鷹山慰霊登山が企画されるということを聞き迷わず申し込みました。 自分の気持ちが行きなさいと言ったのかもしれません。 Sponsored Links 慰霊の園と御巣鷹山へゆく 今回は慰霊の園と御巣鷹山に行きました。 慰霊の園には合掌をイメージした大きな慰霊塔があり、身元不明者が安置されていました。 慰霊塔の後ろに犠牲者520名全員の名前が彫られた石碑があり、その多さに胸が締め付けられる思いでした。 あまり語られない上野村の方々を知ってほしい ニュースでは事故に遭われた方々と遺族の方にフォーカスがあたっています。 しかし上野村の方々も心に大きな傷を負い、さらに亡くなられた方々の御霊をこの先もずっと供養する責務を負ったことをご存知でしょうか。 いつもと変わらぬ日常がある日突然変わり、そしてその後、永遠に終わることのない責務を負うこととなった方々がいることをぜひ知ってほしいです。 運命というにはあまりにも過酷すぎる使命だと思いました。 その出来事から様々なことを学び伝える使命があるのかもしれません。 そして僕は飛行機事故により、どれほど多くの方々の平和で幸せな日常が失われてしまうのかをしっかりと認識しなければならないと強く思いました。 御巣鷹山へ 慰霊の園からバスで40分くらい移動し、御巣鷹山登山道入口に行きました。 昇魂之碑がある墜落現場までは約40分くらいでした。 前日の雨で少し足場が悪くなっていましたが、道中は雨に降られることなく登山を終えることができました。 パーツが落ちていた場所を示す立て看板。 あちらこちらにありました。 Sponsored Links 御巣鷹山への慰霊登山を終えて 今まで自分が慰霊登山に来れなかった理由をやっと理解することができました。 それは自分の担っている仕事の重責を知れば知るほど、犠牲者やご遺族の方が航空業界に持っている想いが、自分には耐えられないほど伝わってくると思い、その怖さで一歩が踏み出せなかったのだと分かりました。 安全は、仕事に対する真摯な姿勢と直向きな努力でしか守れない。 そしてその責務を全うするためには御巣鷹山の慰霊登山は避けて通ってはいけないことだったと今日分かりました。 安全は過去の事故から学び、そしてその教訓を次に繋いでいく事でしか続ける事はできません。 安全を1分、1時間、1日、1年、その先もずっと続けられるようにこれまで以上に自分の仕事に対して全力で取り組んでいこうと決意しました。 日本航空123便の事故で亡くなられた520名の方々のご冥福を心よりお祈り申し上げます。

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御巣鷹山・日航機墜落から33年…今明かす、私が事故直後の現場で見た真実

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数日前に降った雪の影響で低山でも雪道歩きは避けられない中、同行登山での安全面を優先し、標高はそこそこあるがメジャー級であり入山者も多いと思われることからの選択である。 ねーさんと直ちゃんを駅に迎えに行き、三ッ峠の最短ルートである北西側の登山口に向かった。 林道終点の登山口の駐車場には登山者の車は4〜5台ほど、思いのほか少ない。 雪山歩きの準備(といっても軽アイゼン装着くらい)をして出発。 荷揚げの四駆車が走行したためだろうか、雪の量が多い割には圧雪状態で歩きやすい。 アイゼンの爪が雪に刺さる音が心地よい。 楽しくおしゃべりをしながら進むこと1時間あまり、小屋のある方面と展望台方面の分岐に到着。 山頂で昼ごはんを食べることを考えると時間はたっぷりある。 とりあえず展望台に進み景色を楽しむことに。 展望台到着。 目の前に見える富士山が大きくてカッコイイ。 さらにその先の岩の先端へ行き展望を満喫、景色の良い場所は何度きてもいいね。 お次は三ッ峠山。 景色を見ながらのんびり向かうことに。 三ッ峠山到着。 富士山バックにパチリ。 周りの山々も良く見える。 さて、景色を見ながら昼ごはんにしよう。 昼ごはん後、お茶やお菓子をつまみながら展望を楽しんだ後、御巣鷹山へ向かうことに。 雪は多いがトレースはしっかりしているので問題なし。 ただし新雪に足を踏み入れると、場所によってはヒザまで埋まる感じ。 御巣鷹山山頂。 電波塔が占拠する山頂からは富士山方面の展望のみ。 鉄塔の足付近に唯一標高を示す標柱を確認することができた。 御巣鷹山から来た道を戻る。 三ッ峠山付近でもう一度展望を確認し駐車場まで下山した。 下山後、河口湖で夕暮れの富士山を楽しむことに。 遊歩道からは、ダイヤモンド足和田山?が。 その後、大石公園で向かい、富士山型のイルミネーションを楽しんだ。 おわり。

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御巣鷹山日航機墜落事故を調べると必ず「自衛隊が撃墜した」...

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「御巣鷹の尾根」は群馬県有数の山奥ですよ。 上野村から自動車で20~30分かけて山の中に分け入ってやっと登山口に着き、そこから30分以上の登山を経てやっと着く場所です。 登山道が整備されているとは言え、深夜に行けば遭難確実という場所です。 そんなところに、「心霊スポット巡り」や「肝試し」等の生半可な気持ちで行く人はいない…と言いたいところですが、残念ながらそのような輩も「御巣鷹の尾根」を訪れているのは事実です。 慰霊碑や犠牲者の墓標へのお供え物等が悪戯されたりする事件が、何度か起きています。 何年か前には航空安全を祈って折られた折り鶴が燃やされるという事件も発生しています。 なんでこんな事を書くか、現地ではこのような悪戯が「心霊スポット巡り」と称して物見遊山で来る人たちの仕業だと思われているからです。 もし質問者様にこのような事件の発生に心を痛め、該当事故の犠牲者に申し訳ないという気持ちがあるならば、こんなバカげた質問は削除してください。 そして「御巣鷹の尾根」が単なる大量死の現場という面だけではない「公共交通安全の聖地」である事を、キチンと考えてください。 「心霊スポット巡り」なんていう行為は、その該当の場所で亡くなった人たちを愚弄する行為です。 この場所に永眠る御霊を面白半分に取り上げ、話のネタにするだけでなく怖がる対象にして楽しむという行為は、「御霊を慰める」(=慰霊)という行為に逆行するからです。 もし本当に心霊というものが存在するなら、その「心霊スポット巡り」なんてことをしている人たちが真っ先に呪われて当然なはずです。 「霊」は怖がるものではなく、その犠牲者に思いを馳せ慰めるべきものです。 オバケの話は、現実的な事件事故とは一線を画したものでないと、本来楽しめないものなのですよ。

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