セロ 弾き の ゴーシュ あらすじ。 宮沢賢治『セロ弾きのゴーシュ』あらすじと読書感想文(シンプルな書き方です)

宮沢賢治の本で、セロ弾きのゴーシュを読み終えたのですが、伝えたいことがあ...

セロ 弾き の ゴーシュ あらすじ

『 セロ弾きのゴーシュ』とはの童話作品である。 概要 (1)4年、賢治の死の翌年に発表された。 3度化されている。 全編、でされた。 、:局。 (2)の「」の収録曲の一つ。 ここでは(1)の説明をする。 あらすじ は活動館で()を担当している。 楽団では10日後の町の祭に向けてに励んでいたが、は楽長から、下手なため厳しく叱責される。 その、彼は大きな荷物を抱えて帰宅した。 自分のを持ち帰ったのだ。 一人で猛に励んでいると、がやってきた。 見覚えのある大きなに見えるが、言葉をしゃべった。 その後、毎のように 、子ダ、の親子などがやって来て、にを弾くように勧めた。 このようなを過ごすうちに、以前は気弱で でも感情表現ができなかった、 「いつでもきみだけとけた靴(くつ)のひもを引きずってみんなのあとをついてあるくようなんだ」 と楽長に言われていただったが、 いつの間にか、祭で一人でのを勤めることができるほどに上達していたのだった。 関連動画 関連商品 関連コミュニティ 関連項目•

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「セロ弾きのゴーシュ」解説【宮沢賢治】

セロ 弾き の ゴーシュ あらすじ

セロ弾きのゴーシュ あらすじ 金星音楽団でセロを弾く担当のゴーシュは、セロを弾くのが下手なのでした。 それでいつも、楽団の足を引っ張っており、楽長に怒られていたのです。 楽長曰く、感情がないし、他の楽器と合ってないし、君一人のせいでうちの音楽団全体が悪く言われようもんなら困る、とひどい言われようなのでした。 ゴーシュは意外と落ち込むことなく、家に帰ると一生懸命練習するのです。 そこへ、三毛猫がやってきます。 トマトを持って。 三毛猫はトマトをゴーシュに渡し、先生、シューマンのトロメライを弾いてごらんなさいというのです。 しかし、そのトマトはゴーシュの畑のトマトですし、赤く熟してもないものですから、ゴーシュは気が立って、ドアを全部締めて、『印度の虎狩』という何とも恐ろしそうな曲を弾き、猫をこらしめてやるのです。 挙句、猫に舌を出させて、そこに煙草を押し付けて追い出すというとんでもない意地の悪さです。 三毛猫は飛び出していったのですが、今度はかっこうがやってくる。 彼はドレミをゴーシュに習いたいと。 面倒だと思いつつ、かっこうの鳴き声に合わせて弾いていると、かっこうの声の方が自分の演奏より良いような気がしてくる。 が、ばかばかしくなり、ぴたりと演奏をやめて、かっこうも部屋から追い出してしまいます。 あくる日もゴーシュは一生懸命練習します。 そこへ今度は狸の子がやってきました。 追っ払おうと狸汁にして食ってやるぞというのですが、ゴーシュさんに音楽を習って来いと言われたのだという純粋な子の言葉に、思わず笑ってしまい、一緒に演奏を始めます。 狸の子は、小太鼓の係でした。 『愉快な馬車屋』という曲を二人して弾くのですが、そこで子狸が、どうも二番目の弦を弾くときに遅れてしまうのではないかといいます。 ゴーシュの悪いところを指摘してくれたわけですね。 またあくる日には、野鼠が来ました。 青い栗の粒を持って、ペコリと頭を下げて、先生、ウチの子を診てやってほしいというのです。 というのは、ここらの動物は皆、ゴーシュのセロを床下に隠れて聞くことで治癒しているのだというのです。 ならばやってやろうということで、ゴーシュはごうごうチェロを弾きました。 するとほんとに、鼠の子は元気になりました。 ゴーシュは、一切れのパンをその親子にやり、疲れ果てていることに気づき、ぐうぐうと眠りました。 それから六日して、ついに演奏会の日が来ました。 演奏会は首尾よく終了し、大きな成功を収めました。 拍手は鳴りやまず、楽団にアンコールを求めました。 楽長は言いました、ゴーシュ君、一曲弾いてきてやってくれと。 ゴーシュはもうどうとでもなれという気持ちで、以前三毛猫に聞かせた『印度の虎狩』を弾きました。 するとどうでしょう。 楽長も仲間もみんなして、その演奏が素晴らしかったとほめたたえてくれたのです。 セロ弾きのゴーシュ 感想 何てふしぎな話なのでしょうね。 一見すると、ゴーシュの周りの動物たちが彼の練習を手伝ってあげたようにも思えますし、動物たちと触れ合うことで彼の性格が良くなったようにも思えます。 が、私が読んで心に残ったのは、かっこうですね。 物語の最後はこうして終わります。 その晩遅くゴーシュは自分のうちへ帰って来ました。 そしてまた水をがぶがぶ呑みました。 それから窓をあけていつかかっこうの飛んで行ったと思った遠くのそらをながめながら「ああかっこう。 あのときはすまなかったなあ。 おれは怒ったんじゃなかったんだ。 」と云いました。 狸やら三毛猫やらいろいろ来ましたが、ゴーシュの胸の内にあるのは、かっこうなんですね。 かっこうは、ドレミを習いに来たのですが、ゴーシュの手が痛くなるまでかっこうかっこう言い続け、止めろと言われても止めませんでした。 ついにゴーシュは怒り出して、追い出そうとするのですが、かっこうは焦ってガラスに激突し、ケガをしてしまいます。 それでもかっこうはまたガラスめがけて飛ぶものですから、ゴーシュはガラスを蹴破り、かっこうの行く道をつくってやったのです。 そのかっこうのセリフに、こんなものがありました。 ぼくらならどんな意気地ないやつでものどから血が出るまでは叫ぶんですよ。 ゴーシュは、かっこうとのやり取りの中で、自身のドレミよりかっこうのドレミの方がいいなと気づいたりもしたのですが、もしかすると、この言葉に一番の気づきを得たのかもしれません。 そして、そのかっこうのひたむきさが、ストイックな彼をより一層ストイックにさせたのでしょう。 楽長は、ゴーシュのソロ演奏を評して、こう言っています。 「いや、からだが丈夫だからこんなこともできるよ。 普通の人なら死んでしまうからな。 」 それほどまでに、ゴーシュの演奏には鬼気迫るものが宿ったのでしょう。 このかっこうに、宮沢賢治の別作品である『』のよだかのような、命そのものをささげてしまうかのようなひたむきさだけが、人のこころを打つのではないかと思いました。 というわけで、セロ弾きのゴーシュ、児童文学に近いものとは思いますが、大人も読んでみるとまた発見があるかと思います。

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宮沢賢治「セロ弾きのゴーシュ」あらすじと感想・動物が音楽の先生?八つ当たりはいけません!

セロ 弾き の ゴーシュ あらすじ

仏教と農民生活に主軸を置いて創作活動にはげんだ• 宗派の違いで父親と対立• 理想郷・イーハトーブを創造• 妹のトシと仲が良かった 宮沢賢治は熱心な仏教徒で、さらに農業に従事した人物です。 宗派の違いで父親と対立し、なかなか和解には至りませんでした。 故郷の岩手県をモデルにした理想郷・イーハトーブを想像で創り上げ作品に登場させました。 妹のトシは賢治の良き理解者で、トシが亡くなったときのことを書いた『永訣(えいけつ)の朝』は有名です。 賢治は、コスモポリタニズム(理性を持っている人間はみな平等という思想)の持ち主であるため、作品にもその色が出ています。 生前はほとんど注目されず、死後に作品が評価されました。 『セロ弾きのゴーシュ』のあらすじ ゴーシュは、楽団でセロを弾いています。 音楽会で発表するために全員で第六交響曲を合わせますが、下手なゴーシュは楽長から叱られて恥をかきます。 帰宅してからゴーシュがセロの練習をしていると、三毛猫がやってきます。 そして、「きいてあげますから」と言ってゴーシュにセロを弾くように言います。 その横柄な態度に起こったゴーシュは、猫を追い出してしまいました。 その後、ゴーシュの元には毎晩動物がやってくるようになります。 初めはあしらっていたゴーシュでしたが、徐々に素直になっていきます。 登場人物紹介 ゴーシュ セロを演奏する主人公。 演奏が下手で、いつも楽長から叱られている。 猫 夜中にゴーシュの家を訪れ、セロを弾かせた猫。 生意気な態度を取ったため、ゴーシュからいじめられる。 かっこう ゴーシュに音階を教わりに来たかっこう。 ゴーシュの怒りを買って追い出される。 たぬきの子 楽団で小太鼓を担当するたぬき。 ゴーシュのセロに問題があることに気づく。 野ねずみの親子 ゴーシュの音楽で病気が治ると聞いて、ゴーシュの家にやってきた親子。 『セロ弾きのゴーシュ』の内容 素直さと謙虚さの必要性 下手っぴなゴーシュ ゴーシュは、楽団でセロを弾いています。 そして、町の音楽会で発表する「第六交響曲」を楽団のみんなと練習していました。 ゴーシュは楽団の中で1番演奏が下手で、楽長からは「感情がこもっていない」「周りと合っていない」と怒られてしまいます。 10日後の音楽会のために、ゴーシュが夜遅くにセロを練習していると、1匹の 猫が現れます。 猫は、「シューマンのトロメライを弾いてごらんなさい。 聴いてあげますから。 」とえらそうに言ったので、ゴーシュは「生意気だ」と怒ります。 そして、怒りに身を任せて嵐のような勢いきおいで「印度の虎狩(インドのとらがり)」という曲を弾き始めました。 猫は、その激しい演奏に驚き、目を回してしまいました。 次々にやってくる動物たち 次の日の夜、ゴーシュがまた家で練習をしていると、 かっこうがやって来て「ドレミファを教わりたいのです」と言いました。 かっこうは、「かっこうかっこう」と言い続けるので、ゴーシュは頭が変になりました。 そして、ゴーシュはセロを弾くのをやめてしまいました。 ゴーシュはかっこうを怒鳴りつけ、家から追い出します。 その次の夜には、小太鼓を担当する たぬきの子が来ました。 一緒に演奏した後、たぬきの子は「ゴーシュさんはこの2番目の糸を弾くときに遅れるねえ」と言いました。 ゴーシュはそのとき、初めて楽器に欠陥があることに気づきます。 その次の夜には、 野ねずみの親子が来ました。 母ねずみは、子ねずみの病気を治して欲しいと言います。 町では、「ゴーシュの演奏は病気を治す」と話題になっていたのでした。 ゴーシュは、セロの中に子ねずみを入れて曲を弾き、病気を治してあげました。 演奏会 そして、ゴーシュはいよいよ演奏会の日を迎えました。 楽団の全員で演奏した「第六交響曲」は、大成功でした。 そして最後に、楽長は「おい、ゴーシュ君。 何か弾いてやってくれ」と言います。 ゴーシュはあっけにとられますが、やけになってステージに再び上がります。 そして、怒ったように激しく「印度の虎狩」を弾きました。 聴衆はその演奏に聴き入り、仲間や楽長からは絶賛されました。 家に帰ったゴーシュは、水をがぶがぶ飲みます。 そして、いつかかっこうが飛んで行った遠くの空をながめながら「ああかっこう。 あのときはすまなかったなあ。 おれは怒ったんじゃなかったんだ」と言いました。 『セロ弾きのゴーシュ』の解説 ゴーシュの変化 猫の訪問の場面で、ゴーシュは「印度の虎狩」を演奏します。 このことから、ゴーシュは「感情をこめて演奏すること」や「楽譜の拘束から開放されて自由に弾くこと」を学びます。 次の晩にかっこうがやって来た時、ゴーシュは「ドレミファ」を何度も正確に弾こうとすることで、「厳しい練習の必要性」や「正しい音階の重要性」を学びます。 しかし同時に、ゴーシュはかっこうとケンカをしてしまいます。 ここに、ゴーシュの人間としての未熟さが表れています。 次の晩は、たぬきの子がやってきました。 ゴーシュは、たぬきの子とは笑顔で接します。 また、ゴーシュは太鼓と言う楽器から「リズム」を学びます。 また、たぬきの子との円滑なコミュニケーションを通して、「アンサンブル」を理解しました。 その次の夜には、ねずみの親子がやってきました。 ここで、ゴーシュは音楽には「癒し」の効果があることを知ります。 また、ねずみから感謝されることで、楽長から叱られてすさんでいたゴーシュの心は癒されます。 このように、ゴーシュは音楽と動物たちとの交流を通して自分自身と向き合って素直さを身に付け、困難を克服したのでした。 中地 雅之「「セロ弾きゴーシュ」における音楽的陶冶の諸相ーー宮沢賢治の童話によるコラージュ」(『岩手大学教育学部研究年報』1997年) 『セロ弾きのゴーシュ』の感想 素直さが一番 ラストのゴーシュの一言を見て、「え、猫は?」と思った人は多いのではないでしょうか。 このことに関しては、「賢治は、謝るだけじゃすまないこともあると考えた」「賢治は猫が嫌いだった」など様々な意見があります。 私は、ゴーシュは偉そうな猫に腹を立てたので、特にそういう感情を持たなかったのかなと思いました。 ゴーシュは、動物たちから音楽の基礎を学びます。 まず、猫からは「感情を込めて弾くこと」を結果的に教わりました。 そして、かっこうからは「ドレミファ」を、たぬきの子からは周りと合わせることを、野ねずみの親子からは自信を持つことを学びました。 最初、楽長から怒られて腐っていたゴーシュは、動物たちと触れ合うことでセロを自然と上手く弾けるようになりました。 それにつれて、最初はとがっていたゴーシュの性格は徐々に丸くなっていきます。 このことから、『セロ弾きのゴーシュ』には 「何かを学ぶときは謙虚な姿勢を忘れてはいけない」というメッセージがこめられているのではないかと思いました。 最後に 今回は、宮沢賢治『セロ弾きのゴーシュ』のあらすじと内容解説・感想をご紹介しました。 会話が多く、テンポが良いのでとても読みやすい作品です。 ぜひ読んでみて下さい!.

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