源氏 物語 内容。 紫式部「源氏物語」のあらすじと内容の解説~光源氏の煌びやかな女性遍歴と諸行無常を味わおう!

3分で分かる源氏物語の大まとめ! | VOKKA [ヴォッカ]

源氏 物語 内容

スポンサーリンク 紫式部が平安時代中期(10世紀末頃)に書いた 『源氏物語(げんじものがたり)』の古文と現代語訳(意訳)を掲載していきます。 『源氏物語』は大勢の女性と逢瀬を重ねた貴族・光源氏を主人公に据え、平安王朝の宮廷内部における恋愛と栄華、文化、無常を情感豊かに書いた長編小説(全54帖)です。 『源氏物語』の文章は、光源氏と紫の上に仕えた女房が『問わず語り』したものを、別の若い女房が記述編纂したという建前で書かれており、日本初の本格的な女流文学でもあります。 『源氏物語』の主役である光源氏は、嵯峨源氏の正一位河原左大臣・源融(みなもとのとおる)をモデルにしたとする説が有力であり、紫式部が書いた虚構(フィクション)の長編恋愛小説ですが、その内容には一条天皇の時代の宮廷事情が改変されて反映されている可能性が指摘されます。 紫式部は一条天皇の皇后である中宮彰子(藤原道長の長女)に女房兼家庭教師として仕えたこと、『枕草子』の作者である清少納言と不仲であったらしいことが伝えられています。 参考文献 『源氏物語』(角川ソフィア文庫・ビギナーズクラシック),玉上琢弥『源氏物語 全10巻』(角川ソフィア文庫),与謝野晶子『全訳・源氏物語 1~5』(角川文庫)• 『源氏物語』の現代語訳:桐壺1(現在位置) [古文・原文] いづれの御時(おおんとき)にか、 女御・更衣(にょうご・こうい)あまた侍ひ給ひ(さぶらいたまい)けるなかに、 いとやむごとなき際(きわ)にはあらぬが、すぐれて時めき給ふ、ありけり。 はじめより我はと思ひ上がり給へる御方がた、めざましきものにおとしめ嫉み(そねみ)給ふ。 同じほど、それより下臈(げろう)の更衣たちは、 まして安からず、朝夕の宮仕へにつけても、人の心をのみ動かし、恨みを負ふ積もりにやありけむ、いと篤しくなりゆき、もの心細げに里がちなるを、 いよいよあかずあはれなるものに思ほして、人のそしりをもえ憚らせ(はばからせ)給はず、世のためしにもなりぬべき御もてなしなり。 上達部・上人(かんだちめ・うえびと)なども、 あいなく目を側めつつ、いとまばゆき人の御おぼえなり。 唐土(もろこし)にも、かかる事の起こりにこそ、世も乱れ、悪しかりけれと、やうやう天の下にもあぢきなう、人のもてなやみぐさになりて、 楊貴妃の例も、引き出でつべくなりゆくに、いとはしたなきこと多かれど、かたじけなき御心ばへのたぐひなきを頼みにてまじらひ給ふ。 父の大納言は亡くなりて、母北の方なむ、いにしへの人の由(よし)あるにて、親うち具し、さしあたりて世のおぼえ花やかなる御方がたにもいたう劣らず、なにごとの儀式をももてなし給ひけれど、とりたててはかばかしき後見(うしろみ)しなければ、事ある時は、なほ拠り所なく心細げなり。 [現代語訳] どの帝の御世であったか、女御や更衣が大勢お仕えなさっていた中に、たいして高貴な身分ではない方で、きわだって帝の寵愛を集めていらっしゃる人があった。 入内(じゅだい)した初めから、自分こそはと気位の高い女御の方々は、分不相応な者だと見くだしたり嫉んだりなさっている。 同じ身分やその方より低い身分の更衣たちは、女御たち以上に心が穏やかではない。 朝晩のお仕えにつけても、周囲に不快な思いをさせて、嫉妬を受けることが積もり積もったせいであろうか、ひどく病気がちになってしまい、どこか心細げにして里に下がっていることが多いのを、帝はますますこの上なく不憫なことだとお思いになられて、誰の非難(寵愛する妃の悪口)をもお構いなさることがなく、後世の語り草になりそうなほどの扱いようである。 上達部・殿上人なども、その状況を横目で見ていて、とても眩しくて見ていられないほどの御寵愛ぶりである。 中国の唐でも、このようなことが原因となって、国が乱れ、悪くなったのだと、次第に国中でも困ったことだと言われるようになり、人々が持て余す悩みごとの種となって、(玄宗皇帝を魅了した)楊貴妃の例まで引き合いに出されそうになっていくので、非常にいたたまれないことが多くなっていくが、もったいないほどの帝のお気持ちに類例がないこと(自分を非常に大切にし愛してくれること)を頼みにして何とか宮仕え(後宮生活)をしていらっしゃるのである。 父親の大納言は亡くなって、母親の北の方が古い家柄の出身で教養のある趣味人なので、両親とも揃っていて、今現在の華やかな身分にある方々にも見劣りしない程度に、どのような儀式にも対処なさっていたが、これといったしっかりとした後見人(後ろ盾)がいないので、大事な儀式が行われる時には、やはり頼りとする人もなくて心細い様子である。 スポンサーリンク [古文・原文] 先の世にも御契り(おんちぎり)や深かりけむ、世になく清らなる玉の男御子(おのこみこ)さへ生まれ給ひぬ。 いつしかと心もとながらせ給ひて、急ぎ参らせて御覧ずるに、めづらかなる稚児の御容貌(おかたち)なり。 一の皇子(みこ)は右大臣の女御の御腹にて、寄せ重く、疑ひなき儲け(もうけ)の君と、世にもてかしづき聞(きこ)ゆれど、この御にほひには並び給ふべくもあらざりければ、 おほかたのやむごとなき御思ひにて、この君をば、私物(わたくしもの)に思ほしかしづき給ふこと限りなし。 初めよりおしなべての上宮仕へし給ふべき際にはあらざりき。 おぼえいとやむごとなく、上衆(じょうず)めかしけれど、わりなくまつはさせ給ふあまりに、 さるべき御遊びの折々、何事にもゆゑある事のふしぶしには、先づ参う(まう)上らせ給ひ、ある時には大殿籠もり過ぐして、やがて侍らはせ給ひなど、あながちに御前(おまえ)去らずもてなさせ給ひしほどに、おのづから軽き方にも見えしを、この御子生まれ給ひて後は、いと心ことに思ほしおきてたれば、坊にも、ようせずは、この御子の居給ふべきなめり」と、一の皇子の女御は思し疑へり。 人より先に参り給ひて、やむごとなき御思ひなべてならず、御子たちなどもおはしませば、この御方の御諌めをのみぞ、なほわづらはしう、心苦しう思ひ聞えさせ給ひける。 かしこき御蔭をば頼み聞えながら、落としめ 疵(きず)を求め給ふ人は多く、わが身はか弱く、ものはかなきありさまにて、なかなかなるもの思ひをぞし給ふ。 御局(おつぼね)は桐壺(きりつぼ)なり。 あまたの御方がたを過ぎさせ給ひて、ひまなき御前渡りに、人の御心を尽くし給ふも、げにことわりと見えたり。 参う上り給ふにも、あまりうちしきる折々は、打橋、渡殿(わたどの)のここかしこの道に、あやしきわざをしつつ、御送り迎への人の衣の裾、堪へがたく、まさなき事もあり。 またある時には、え避らぬ馬道(めどう)の戸を鎖(さ)しこめ、こなたかなた心を合はせて、 はしたなめわづらはせ給ふ時も多かり。 事にふれて、数知らず苦しきことのみまされば、いといたう思ひわびたるを、いとどあはれと御覧じて、後涼殿(こうりょうでん)にもとより侍ひ給ふ更衣の曹司(ぞうし)を他に移させたまひて、上局(うえつぼね)に賜はす(たまわす)。 その恨み、ましてやらむ方なし。 [現代語訳] 前世でも深いお約束(縁)があったのだろうか。 この世にまたとないほどに美しい玉のように光り輝く男の御子までがお生まれになった。 早く早くと待ち遠しくお思いになられて、急いで宮中に参内させて御子を御覧あそばすと、類稀な若宮のお顔だちの良さである。 第一皇子は、右大臣の娘の女御がお生みになった方で、後見がしっかりとしていて、当然のように皇太子になられる君だと、世間も大切に存じ上げているのだが、この御子の輝くばかりの美しさとは比べようもなかったので、一通りの形ばかりのご寵愛であって、この若宮の方を、自分の思いのままに可愛がられて、大切にあそばされていることはこの上もない。 母君は本来であれば、女房並みに帝のお側御用をなさらねばならない身分ではなかったのである。 誰からも身分を尊重され、上流貴族としての気品・風格もあったが、帝がむやみにお側近くに引き留められたために、相当な管弦のお遊びがある時、それ以外のどのような行事でも、趣きのある催しがある度ごとに、まっさきに参上させられてしまう。 場合によっては、夜遅くまで一緒に過ごして寝過ごしてしまわれた時でも、昼間もそのままお側近くに置いておかれるなど、無理やりに帝が御前から離さずにお扱いあそばされているうちに、いつしか身分の低い女房のようにも見えたのだが、この御子がお生まれになって後は、特別に大切にお考えになられるようになったので、東宮(皇太子)にももしかしたら、この御子がおなりになるのかもしれないと、第一皇子の母の女御はお疑いになっていた。 この女御は誰よりも先に御入内なされて、その家柄の良さゆえに帝が大切に扱われていることは並々のことではなく、皇女たちなども産んでいらっしゃるので、この御方の諫言だけは、さすがに無視できないことだと、面倒に煩わしくお思いになっているのであった。 更衣は恐れ多い御庇護をお頼り申しあげてはいるものの、軽蔑したり落度を探したりされる方々は多く、ご自身は病弱でその寿命がいつとも知れぬご様子で、なまじ御寵愛を得たばかりにしなくてもよい悩みを抱えておられる。 住んでいる御殿は桐壺である。 大勢のお妃方の前を帝は素通りあそばされて、ひっきりなしの素通りを繰り返されるので、お妃方が思い悩んでおられるのも、なるほどもっともなことである。 参上なさる場合にも、あまりにその更衣の参上ばかりが度重なる時(更衣だけが帝に寵愛を受けている時)には、打橋や渡殿のあちらこちらの通路に、悪意のある仕掛けを施して、送り迎えする女房の着物の裾がひっかかって傷んでしまうことがある。 またある時には、どうしても通らなければならない馬道の戸を締めて通れないようにし、こちら側とあちら側とで示し合わせて、どうにもならないようにして更衣を困らせることも多かった。 何かにつけて、数え切れないほどにつらいことばかりが増えていくので、すっかり悩み込んでいるのを、帝はますますお気の毒にお思いになられて、後凉殿に以前から控えていらっしゃった方々(意地悪をしていた方々)の部屋を他に移させて、上局(桐壺の更衣専用の休憩所)としてお与えになられた。 その恨みは(他に移された更衣たちの恨みは)、なおさら晴らしようがないほどに強くなった。 楽天AD [古文・原文] この御子三つになり給ふ年、御袴着(おはかまぎ)のこと、一の宮の奉りしに劣らず、内蔵寮・納殿(くらつかさ・おさめどの)の物を尽くして、いみじうせさせ給ふ。 それにつけても、世の誹りのみ多かれど、この御子のおよずけもておはする御容貌(おかたち)心ばへありがたくめづらしきまで見え給ふを、え嫉み(そねみ)あへ給はず。 ものの心知り給ふ人は、かかる人も世に出でおはするものなりけりと、あさましきまで目をおどろかし給ふ。 [現代語訳] この御子が三歳におなりの年に、御袴着の儀式が行われたが、一宮がお召しになったのに劣らないほど内蔵寮・納殿の御物を派手に使って、とても盛大に執り行われた。 そのことについても、世人の非難ばかりが多かったが、この御子が成長なされていかれると、そのお顔だちやご性格が世間に類がないほどに素晴らしいので、憎むことがなかなかできない。 物事の情趣を弁えた有識者たちは、このような素晴らしい完璧な方が、この世に生まれてくることがあるものなんだなと、驚き呆れたご様子で目を見張っていらっしゃる。

次の

紫式部「源氏物語」のあらすじと内容の解説~光源氏の煌びやかな女性遍歴と諸行無常を味わおう!

源氏 物語 内容

スポンサーリンク 日本最古の長編小説といわれる『源氏物語』。 この話は平安中期に、宮中で勤めていた紫式部の作品です。 紫式部は、一条天皇の中宮・彰子付きの女房(女官のようなもの)でした。 書いたのは、ちょうど藤原道長が摂政になる摂関政治の全盛期です。 スゴく有名なお話なのですが、54巻から成る長い長い話なので、一言でこんな話だよと言い表すのが難しい作品です。 『源氏物語』は、全部で3部に分かれていて、主人公・光源氏の生涯と彼の子供や孫の時代まで合わせると、約70年間にも渡る物語です。 すごいですね。 登場人物は約500人! 和歌はそれ以上にたくさんたくさん詠まれています。 現代語訳も、谷崎潤一郎・円地文子・瀬戸内寂聴・橋本治・田辺聖子など多くの人が書いています。 管理人のおすすめは、田辺聖子の『新・源氏物語』ですよ。 分かりやすくまとまっていると思います。 主人公・光源氏のモデル 簡単に言うと、第1部は、主人公・光源氏の「女性遍歴」と「出世」を軸にした大長編宮廷絵巻になっています。 「光源氏」は帝の子なのに、生母「桐壺の更衣」の身分が低く、後ろ盾がいなかったので、「源」という姓を賜って臣下になります。 しかし、その後、煌びやかな女性遍歴を重ねながら、自らの才覚でのし上がり、最後には太政天皇という天皇に准ずる位につきます(娘を帝の后に!)。 でも、この話は1人の人をモデルにしたような単純な話ではないんですよ。 紫式部は、それまでに生きた多くの人々の生き方を参考にして書いています。 例えば、「光源氏」は、権力と財力を得て「六条院」という御殿を建てます。 この六条院は、 源融(=河原左大臣)の豪邸「河原院」によく似ているのです。 ほぼ同じ場所で、一般的な貴族の邸宅の約4倍という大きさも同じです。 融は嵯峨天皇の皇子で「源」という姓を賜り臣下になりました。 源融も光源氏のモデルの1人だったのは、間違いないでしょうね。 「河原院」は、融の死後荒れ果てて、夜になると融の幽霊が出るといううわさが立ちます。 宇多天皇がある夜、そこで京極御息所と密会しているとき、源融の霊が出て御息所を失神させたという怪談が残っているのです。 「光源氏」が恋人の1人「夕顔」と寂れた屋敷で密会したとき、別の恋人(六条御息所)の生霊に「夕顔」が襲われて亡くなるというエピソードがあります。 それは、この 融の幽霊話をモデルにしています。 また、「朧月夜」(政敵の娘)との密会がばれて、「光源氏」が須磨に下ったときの描写は、在原行平(在原業平の兄)が一時期、須磨に左遷されたときに、その地を詠んだ多くの和歌の影響を受けているといわれます。 他にも、それまでにあった様々な出来事を参考にしながら、紫式部はこの長編小説を書いたようですよ。 『源氏物語』は、発刊(?)当初から大ベストセラーで、女房だけでなく、藤原道長・四納言を始めとする多くの男性官吏も回し読みしていたといわれます。 第1部と第2部の主人公は「光源氏」です。 物語の中心は、「光源氏」の出世と女性遍歴! いわゆる「紫のゆかり」の女性たちとの物語です。 第3部は、後伝のような位置づけで、「光源氏」亡き後の息子・「薫」(と孫の「匂宮」)が主人公の物語になります。 舞台も宇治に移り、宇治に住む「大君(おおいぎみ)」・「中君(なかのきみ」)・「浮船(うきふね)」を中心とした物語展開になります。 弟3部は、1部・2部と区別して 「宇治十帖」とよばれます。 この第1部のラストが、光源氏の人生の頂点です。 ときの帝「桐壺帝」に愛された「桐壺の更衣」が、美しい第2皇子を生みます。 その子が、この壮大な物語の主人公「光源氏」です。 兄は後の「朱雀帝」です。 若い頃の光源氏は、珠のように美しく、文武両道。 よきライバルで義兄(正室「葵の上」の兄)の「頭中将(とうのちゅうじょう)」と、切磋琢磨しながら成長します。 でもね、この煌びやかさがあるから、2部・3部の苦悩が浮き上がってくるのですよ。 (41帖「幻」の巻の後、「雲隠」という巻名だけで本文のない巻があります。 この巻で世を去ったと暗示。 ) 出家する兄・「朱雀院」に頼まれ13歳の皇女「女三宮(おんなさんのみや)」を正室に迎えることで、「光源氏」とその周囲の人々が様々な苦悩に襲われます。 始めは断るつもりだったのですが、「女三宮」が光源氏の初恋にして永遠の恋人「藤壺」のゆかりの人だということで、つい承諾してしまうのです。 いい年して、まだ母親に激似の継母「藤壺」にこだわっているところが、なんとも未練がましいですね。 すごい執着です。 「女三宮」の降嫁により、晩年になって「光源氏の正室」の座を若い娘に奪われた「紫の上」は、失望し体調がすぐれなくなります。 (「女三宮」と「紫の上」では身分に大きな差があるので、当然「女三宮」が正室になります。 ) その後、「紫の上」は体調がどんどん悪くなり出家させてほしいと光源氏に頼みますが、聞き入れてもらえません。 そして、出家できないまま亡くなります。 一方の「女三宮」は、恋愛感情の乏しい(多分、他人にあまり関心がない)ぼんやりした女性で、光源氏にも特になつかず、流されるまま彼女に恋する「柏木」という若者との間に、不義の子をもうけてしまいます。 「柏木」は光源氏への怖れと罪の意識で病死、「女三宮」は15歳で出家します。 このときの「光源氏」の「柏木」への仕打ちは、ネチネチしていてうっとおしいオッサンそのものです。 その2人の間に生まれた息子(名目上は光源氏の息子)が、第3部の主人公・「薫」です。 きれいなハッピーエンドではないです。 <主な登場人物> 「薫 (かおる)」:光源氏(実父は「柏木」)」と「女三宮」の息子。 自分が光源氏の子でないことを、45巻「橋姫」で知らされる 「匂宮(におうのみや)」:「今上帝」と光源氏の一人娘「明石中宮」の息子。 つまり、光源氏の孫。 薫と同世代。 八宮の遺した三姉妹・「大君」・「中君」・「浮舟」 舞台は宇治。 源氏の異母弟・「八宮」の娘・三姉妹と「薫」・「匂宮」の物語です。 いろいろ込みいった恋愛事情があるのですが、最終的に「薫」の想い人だった「大君(おおいぎみ)」は病死(虚弱体質で心労で死去)してしまいます。 「中君(なかのきみ)」は「匂宮」に二条院に迎えられなんとか側室に収まる形になります。 そして、2人の男性に求婚されどうしようもなくなった「浮舟」は宇治川に身を投げて自殺を図ります。 でも、とおしすがりの僧に助けられて一命を取りとめ、実は助かっていました。 そして、そのまま出家しています。 かなり暗い話ですよ。 ずっと、2人の男性に振り回されていた「浮舟」でしたが、出家後に会いたいとやっていた「薫」に取り合わず、心安らかに仏の道を進むラストが印象的でした。

次の

紫式部「源氏物語」のあらすじと内容の解説~光源氏の煌びやかな女性遍歴と諸行無常を味わおう!

源氏 物語 内容

『源氏物語』は平安時代中期の1008年頃に成立した長編小説。 20ヶ国以上の言語に翻訳され、世界的にも高い評価を受けています。 作者は女性歌人で作家の紫式部で、『源氏物語』は彼女が遺した唯一の物語作品です。 およそ70年間におよぶ時代を描き、文字数はおよそ100万、タイトルのみの「雲隠」を含めて全54帖(巻)から成っています。 (巻数については諸説あり) 登場人物は500人ほどで、彼らの心情に即した795首の和歌が詠まれており、全帖が紫式部による執筆ではないのではないかという説もあります。 これも諸説ありますが、3部構成と考えるのが一般的です。 第1部:「桐壺」から「藤裏葉」まで。 主人公光源氏の誕生と栄光を描いている。 第2部:「若菜」から「幻」まで。 光源氏の苦悩と老いを描いている。 「雲隠」:タイトルのみで本文は無し。 光源氏の死を示唆している。 第3部:「匂兵部卿」から「夢浮橋」まで。 光源氏の死後を描いている。 第3部の最後の10帖は宇治を舞台としており、「宇治十帖」とも呼ばれています。 各帖は1帖完結の構成で、その集合体として長大な物語ができあがっているのです。 光源氏と女性の愛の物語を中心に、紫式部から見た貴族社会に関わる女性の苦労話、藤原時代の摂関政治などが描かれています。 平安時代の公家文化の遺産とも言うべきこの物語は、多くの現代語訳がされています。 明治から大正時代にかけては与謝野晶子、昭和に入ってからは谷崎潤一郎など、著名な文豪も手がけました。 また現代語訳以外にも、現代風に書きかえられた小説やコミックなど、手に取りやすいものが増え、気軽に平安時代の貴族社会に触れることができますよ。 『源氏物語』のあらすじ 第1部は主人公光源氏の愛の物語です。 桐壺帝の子である光源氏は、幼い時に亡くした母に似ている後宮である藤壺、すなわち父の後妻に恋焦がれ、愛してしまいます。 源氏と藤壺の間には子どもが生まれるのですが、その子は桐壺帝の子として育てられました。 さらに彼は、年上の葵の上との結婚、空蝉(うつせみ)、夕顔、六条御息所(ろくじょうのみやすどころ)と恋をし、まさに愛の遍歴のストーリーとなっているのです。 源氏は自分の政敵であった右大臣の娘、朧月夜(おぼろづきよ)と関係を持ったことから京を追われ、須磨での生活を余儀なくされましたが、そこで明石の君と出会います。 しかし右大臣が死んだ後は京に戻り、藤壺との子どもが冷泉帝となったことで勢いを盛り返し、六条院で栄華ある生活を送ります。 第2部では一転、源氏の苦悩の世界です。 時の朱雀院が娘の女三宮を源氏に預けたため、源氏の本妻の立場にあった紫の上が病に伏してしまいます。 さらに女三宮は青年貴族の柏木と恋仲になって子どもを産み、そのことを知ってしまった源氏は老いていく自分の、過去の過ちへの反省心にさいなまれることになるのです。 病気だった最愛の紫の上が死ぬに至り、ついに彼は出家することを決心しました。 第3部は源氏の死後の話で、最後の10帖の舞台は宇治へと移ります。 ここでは源氏の孫たちと、大君中君の姉妹など、彼らを取り巻く女性との関係と苦悩が、光源氏よろしく再び展開されます。 長編ゆえに、数多くの人物が登場するのが『源氏物語』の特色です。 多くの本には人間関係図が付いているので、それを利用しながら読み進めていくと分かりやすいでしょう。 『源氏物語』の作者、紫式部について 平安時代中期の物語作者、歌人であり、『源氏物語』のほかに『紫式部日記』も代表作にあげられます。 漢学者の藤原為時の娘として生まれ、父の知人で役人の藤原宣孝と結婚しますが、早くに死別。 自らの寂しさをなぐさめるために『源氏物語』を書きはじめたと言われています。 その才能が認められて一条天皇の中宮(皇后と同格の后)である藤原彰子に仕えますが、女房(宮中の部屋に住む高身分の女官)の生活になじめなかったことが自身の書いた物語にも反映されており、その苦労をうかがい知ることができるでしょう。 彰子の父である藤原道長にも厚遇され、女房名を「藤(とう)式部」と名乗りました。 後世に、登場人物のひとり「紫の上」にちなんで「紫式部」と呼ばれるようになったと考えられています。 一条天皇や中宮彰子、そして藤原道長も読んだとされる『源氏物語』。 当時の天皇や貴族にまで人気があったのは、ストーリー性に富み、現実の人間関係に近いリアリズムとしての物語を描いた彼女の作家としての実力と言ってもいいでしょう。 ビギナーズ向けの『源氏物語』入門書 帖ごとの解説ではさまざまな話題が取りあげられ、平安人の暮らしぶりを伝えてくれます。 見出しの言葉からそれらを拾いあげてみると、 「後宮における天皇、きさきたちの愛し方」 「平安京ミステリーゾーン」 「平安社会は非・学歴主義」 「平安の政治と姫君の入内」 「病を招く、平安ストレス社会」 「平安の不動産、売買と相続」 「平安式、天下取りの方法」(『平安人の心で「源氏物語」を読む』から引用) などがあげられ、これらの言葉は平安時代の貴族の愛と性、世継ぎ、出世、そしてそれらが政治と結びついていることを語ってくれます。 さらに、源氏を取り巻く女性たちも含めて、一見優雅に見える平安貴族の生活にも苦悩の世界があることも教えてくれます。 「平安人の世界を様々な角度からとらえ、そこに読者をいざなうことを目指した。 」(『平安人の心で「源氏物語」を読む』から引用) という作者の言葉を体現している内容です。 現代小説感覚で読む『源氏物語』 著名な現代作家である作者が、『源氏物語』全54帖を現代小説に書き換えたものです。 原文や現代語訳は記述されていませんが、作者が原文を読みこなして十分に内容を吟味し、紫式部や登場人物の心情をとらえているので、別の物語に大きくアレンジされたわけではありません。 作者の斬新な視点が取り入れられ、随所に挿入された一文コメントには、読者もうなずきながら読んでしまうでしょう。 現代小説感覚で読める『源氏物語』です。 『源氏物語』は長大な物語です。 現代語訳でも全文を読みとおす人は少ないと言われていますが、今回ご紹介した本はあらすじや解説で構成された入門書が中心です。 これらを読んだうえで、現代語訳や原文でじっくり味わっていただければと思います。

次の